東京大学大学院
特任教授・名誉教授 鈴木宣弘 氏

日本の食卓を揺るがした「令和のコメ騒動」は、単なる一時的な供給不安ではない。減反政策と長期的な低米価で疲弊した生産現場に、備蓄米放出や輸入拡大の議論が重なり、稲作農家の離農リスクが現実味を帯びている。背景には、占領期以降の米国依存構造や、自動車産業を優先して農業を犠牲にしてきた通商政策、農業予算の削減を続けてきた緊縮財政がある。新政権が掲げる「積極財政」や食料自給率向上の旗印を、農家が安心して増産できるセーフティネットと備蓄・在庫政策の再設計につなげられるか。日本は「胃袋からの属国化」から本当に脱却できるのかが問われている。(この原稿は昨年12月に執筆されたものです)
はじめに
コメ騒動の深刻化によって、多くの問題が浮き彫りになった。なぜ、このような騒動になったのか。なぜ収まらないのか。2025年産米に対して農協が農家に支払う概算金も3万円/60kgを超え、民間業者はさらに高値で買おうとする集荷競争が激化した。
「コメは足りているのに流通業界や農協がコメを隠した」かのような指摘が盛んに行われ、責任転嫁の流通悪玉論、農協悪玉論が展開され、①行き過ぎた減反、②長年の低米価による稲作農家の疲弊など、根底にある要因への対処が遅れると事態は改善できない。
しかし、生産現場の疲弊への対策が打ち出される前に、米価を引き下げるための備蓄米の大量投入が行われ、足りなければ輸入米でまかなえばよいかのようなストーリーもトランプ関税との絡みでつくられた。これでは、稲作農家はさらに追い詰められて、やめる農家が続出しかねない。
加えて、コメ騒動を契機に、悪いのは農協かのような世論を高め、郵貯マネーに続く農協マネーの外資への差し出し、穀物メジャーによる全農の買収など、以前から目論まれていた「懸案事項」を一気に進めてしまおうとする動きも出てきた。
政府は、やっと、コメが足りなかったことを認めて増産に舵を切るとの方向性は示されたが、そのために、相変わらず、規模拡大とスマート農業と輸出だといっているだけでは、その前に、米価下落で稲作農家は潰れてしまう。
棚田に象徴されるように、土地条件に恵まれない日本において農村現場を支えている多様な担い手を施策対象から外す方向性は耕作放棄地をさらに拡大し、農村コミュニティを破壊し、洪水防止などの多面的機能をさらに失うことになる。何よりも国民へのコメ供給の確保もできるのかが問われる。
そして、今、逼迫基調だったコメ市場も、25年産米の収穫量の増加で需給緩和局面に入るとの見方も出てきている。加熱したコメ相場が急に「売り急ぎ」で下降局面に入る可能性も指摘されている。こうした不安定な米価形成にも何ら有効な政策が示されていない。
ある政治家は「農業のセーフティネットをつくる」と連呼したが、その中身を聞かれると、「コストダウンとスマート農業と輸出だ」と回答した。残念ながら、セーフティネット(安全網)の意味さえも理解していないということだ。
高市政権になり、生産現場の米価下落への不安払しょくのために、増産方針は束の間に転換され、セーフティネット政策ではなく、鈴木農水大臣は再び生産を絞り込むと表明した。これでは元の木阿弥だ。消費者には一時しのぎ的に「おこめ券」で対応するという。これでは根本的解決にならない。
今こそ、課題を総合的に解決し、コメ需給と価格を安定化して、消費者、生産者双方がWin-Winで持続できる仕組みの導入が急務となっている。
コメ騒動の大元は占領政策に遡る
日本の食と農を苦しめて、ここまで追い込んだ根本原因はアメリカとの関係に行き着く。GHQの日本占領政策の第一は、日本農業を弱体化して食料自給率を低め、①日本を米国の余剰農産物の処分場とすること、②それによって日本人を支配し、③米国に対抗できるような強国にさせないこと、であった。①のためには、日本人がコメの代わりに米国産小麦に依存するようにする学校給食を使った洗脳政策も行われた。
丸本彰造氏の『食糧戰爭』(1944年)は、食糧こそ国防の第一であり、外国依存主義は、食糧の独立を軽視し、結局亡国となる。農業を国の本とせず軽視する国は危険とし、食糧自給自足国を掲げ、かつ、玄米と日本的パンの普及も提唱した。まさに、米国の思惑と見事にぶつかる、日本人に認識させてはならぬ「真実」がここにある。
丸本氏の著書のなかで『食糧戰爭』の1冊だけが焚書となったことからも、その内容が、いかに米国の占領政策とバッティングしたかがわかる。外国依存主義は食糧の独立を軽視し亡国となるとし、「農村は国の本」「食糧自給自足国」を掲げた『食糧戰爭』は焚書になり、その米国の意図が成功したことは、題名が類似する拙著『食の戦争~米国の罠に落ちる日本』(文春新書、2013年)で著者が解説してきた食と農をめぐる歴史的展開が如実に物語っている。『食の戦争』は「預言書」とも評されて読み継がれ、今、私たちは、令和のコメ騒動で、アメリカとの関係の根深さを思い知らされている。
コメ騒動が深刻化し、日本の食料安全保障がいよいよ大丈夫かという懸念が高まっている。そもそも、日本の食料自給率が低くすぎるのはなぜかということが問題になるが、その要因を振り返ると、今回のコメ騒動につながる3つのポイントが浮かぶ。それは、①米国の占領政策、②自動車の利益と引き換えに農業を犠牲にする、③農業予算を削減し続ける緊縮財政、である。
①米国の占領政策
今回の米騒動の大元は戦後の米国による占領政策にある。日本は米国の余剰農産物の処分場と位置付けられ、コメ以外の穀物の関税が一気に実質撤廃させられた。これにより、日本の麦や大豆やとうもろこしの生産は壊滅状態になった。
さらに、日本人がコメを食べていると米国の小麦が胃袋に入れられないからといって、「コメを食べるとバカになる」という本まで「回し者」の学者に書かせて、日本人の食生活改善の名目で、米国の農産物に依存しないと生きていけない日本人にする「胃袋からの属国化」が進められた。これによって、コメ消費が減少していく流れがつくられ、減反政策の導入につながった。そして、この減反政策が、今回のコメ騒動につながった。つまり、コメ騒動の大元は米国の占領政策にあるのだ。
②自動車の利益と引き換えに農業を犠牲にする
さらに、日本側も米国の思惑を活用した。農業を「生贄」に差し出す代わりに、日本は自動車などの輸出で儲けて、食料はいつでも安く輸入できる。これが食料安全保障だ、という流れだ。この「農業を犠牲にして自動車を守る」流れも最終局面を迎えた。すでに、農産物を次々と生贄に差し出し続け、生贄のリストに残っているのはコメと乳製品くらいになっていた。そこに、今回、トランプ関税から自動車を守るためにコメまで譲る(さらにコメ輸入を増やす)という話になった。絶対に譲れない命の要のコメを差し出すから許してほしいという「盗人に追い銭」交渉では、すべてを失うことになる。
しかも、自国民が自国政府から知らされていないのに、米国大統領から日本にコメ市場を開放させたと知らされた。我々は、まさに「属国民」だ。「国防」の要のコメも差し出し、自動車も守れず(25%の関税を15%にしてもらったのではなく、2.5%を15%に引き上げられたのだ)、すべてを失った。備蓄米と輸入米の価格破壊だけが先行し、コメを守る政策は示されぬまま、「地獄」への道を突き進む。
TPPで約束した米国からのコメ追加輸入枠7万tについても、トランプ氏自らのTPP離脱で消えたのだから突っぱねればよいのに、それをどう実現するか、必死に検討してきた。既存の輸入米(ミニマムアクセス=MA米)の枠外に追加すると影響が大きい。そこで、すでに、「密約」でMA米の約半分の36万t前後を米国から輸入しているが、その米国産比率を高めて60万tも輸入する約束をしてしまった。60万tというのは日本で一番多い新潟県のコメ生産を上回る量だ。
既存の輸入米の枠内での米国産米の増加であっても、主食米向けの輸入が増え、それが備蓄米にも活用され、備蓄米は主食用には回さないという方針も転換されたので、国産の主食米の市場をだぶつかせることになるのは必定だ。
日本人の主食として絶対譲れないはずのコメまで差し出すという最終局面まできてしまったのだ。国民には、米価を下げるために輸入も入れざるを得ないかのように説明しつつ、トランプ政権の要求に応えるストーリーができていた。
これをやってしまったら、日本のコメ生産は壊滅し、唯一、高い自給率を保ってきたコメまでも輸入米に頼って、いざ海外から入らなくなったら、日本人は飢餓に直面する。つまり、農業を犠牲にして自動車を守る姿勢が最終局面まできて、ついにコメまでも差し出されるかたちでコメ騒動の「傷口を広げている」のである。
③農業予算を削減し続ける緊縮財政
もう1つ、コメ騒動につながり、騒動が収まらない原因は緊縮財政にある。戦後、農水予算は、米国からの武器購入の要請に応えるための莫大な支出を埋め合わせる帳尻合わせの削減対象とされてきた。1970年に12%近くあった総予算に占める農水予算のシェアは今や1%台に落ち込み、まだ減らせという流れが強まっている。これが、米価が30年前の半分以下まで下がって苦しむ稲作現場を放置してコメ騒動の根本原因をつくり、さらには、コメ騒動の収束のために欠かせない稲作農家救済策の実施を阻んでいる。
新政権の農政
「コメ騒動」の教訓生きるか
高市政権の下で鈴木農水大臣が誕生し、期待と懸念が交錯している感がある。端的にいうと、生産サイドの視点からの期待と消費サイドの視点からの懸念だ。増産の方向性が「朝令暮改」的に転換されたことに対して、米価下落を懸念していた生産サイドからは評価の声があり、逆に消費サイドからは懸念が生じている。
高市新総理は以前から「食料自給率100%を目指す」と宣言していた。すぐに達成できるかといえば実現性の乏しい目標ではあるが、その方向性と意欲は賛同できる。また、「積極財政」を掲げていることも評価される。
緊縮財政の下、米国からの要請に対応した多大な支出を埋め合わせる歳出削減の標的にされてきた農業予算だ。今度こそ、「農業にこそ積極財政」を実現できるか。自民党の「積極財政議員連盟」のリーダーの城内実先生が引き続き入閣されているのも期待したいところだ。
しかし、具体的にどうやって食料自給率を上げていくのかについて問われると、総理からは植物工場が第一に挙がってくる。これでは、現場の実態をよく把握されているとは言い難い。
現段階では、植物工場は初期投資もランニングコスト(とくにエネルギーコスト)も高く、採算ベースに乗っているものはベビーリーフ(葉丈10~15cm程度で収穫した幼葉の総称)のかなり少ない事例だと関係者は口をそろえている。土壌からの微量栄養素に欠けるという問題はさておいても、植物工場で食料自給率が大幅に向上できるという発想は現実離れしている。
しかも、外国のお客さまに饗するのは自国の自慢の料理が当然なのに、訪日したトランプ大統領に米国産米と米国産牛肉を出すのはおもてなしではない。日本の国産米と和牛のレベルの高さを実感してもらうのが自給率向上の観点からも当然ではないか。
また、コメ政策については、石破政権では増産の方向性が示されたのが、あっという間に覆されて、来年は減産の方向性が示された。「需要に応じた生産」というが、コメ騒動の原因を顧みてほしい。
文春新書『令和の米騒動』、講談社新書『もうコメは食えなくなるのか』で詳述したように、需給調整を減反でギリギリに行おうとして消費の変化と猛暑の影響に対応できずにコメ騒動が起きた。消費の変化はトレンドで単純に予測するのは困難なことも判明した。不確かな需要予測に合わせて生産を絞り込もうと「再生協議会」ルートで全国に指示すると、生産現場の疲弊と猛暑の影響で生産が減りすぎてしまう。
元の木阿弥では
コメ騒動は収束できない
この反省なしに、また生産を絞り込んだら元の木阿弥である。コメ騒動が再燃しかねない。今、必要なのは、農家が安心して増産できるセーフティネット策を明確にしたうえで、需給にゆとりができるように生産を確保することではないだろうか。
生産者と消費者が分断された状態にある。筆者も出演したテレビ番組で生産者と消費者の双方に街頭で適正米価を聞いたところ、生産者は3,500円/5kg前後、消費者は2,500円前後だった。生産コストは上昇しており、一方、国民所得は30年で150万円近くも減少している。双方に歩み寄りを目指せ、というのは無責任だ。
生産者のコストに見合う価格を市場価格が下回ったら、その差額を直接支払いする政策を導入すれば、消費者は安く買えて、農家は所得が確保できる。「価格にコミット(関与)しない」政策というのは、まさに、こういう政策だ。しかし、この直接支払いには、少なく見積もっても5,000億円以上の予算が必要になる。農業予算を絞り込もうとしている財政当局がウンというわけがない。これでは、従来の緊縮財政そのものだ。
「価格に関与しない」という価格関与
増産で価格を引き下げて消費者を助けると生産者への直接支払いが必要になり、それは財政制約で不可能である。そこで、生産を抑制して価格はできるだけ下がらないようにして、消費者にはおこめ券という愚策が登場した。
そもそも、「価格に関与しない」と言いながら、生産を抑制したら、それは、まさに価格に関与しているのだということが理解されていないようである。価格が下がらないことに対して消費者にも配慮したということを示す必要があるから、おこめ券を配布するという付け焼刃の対策が出された。しかも、おこめ券に4,000億円を投入するという。
これが需給と価格の安定につながる根本的解決策では到底ないことは明らかだ。おこめ券は、それによりコメ購入が増えれば、むしろ、コメ価格自体を上昇させる効果がある。物価高騰対策と言いながら、米価上昇に寄与してしまう。
コメ騒動の教訓から学べ
豊凶変動が大きい農業で、生産で調整しようとしても限界がある。猛暑の影響も強まるなかではなおさらだ。これまで農家も農協もよく頑張ったが、これからは生産調整でなく出口で調整する仕組みの強化が不可欠だ。
1つは備蓄用や国内外の援助用の政府買い上げ制度を構築する。買い上げと放出のルールを明確にして需給の調整弁とする。さらに、輸入小麦のパンや麺をコメで代替し、飼料用の輸入トウモロコシもコメで代替し、コメ油で輸入の油脂類も代替するといった需要創出に財政出動することだ。
しかし、備蓄についても、100万t程度の政府備蓄は、コメ消費の1.5カ月分でしかなく、いざというときにどれだけの期間、子どもたちの命を守れるかと考えたら少なすぎる。これを増やすのは安全保障のコストとして負担されるべきと考えられるのに、逆に、かける予算を減らしたいから、政府備蓄を減らす方向での検討に入っている。
「財政の壁を乗り越える」
有言実行に期待
「朝令暮改」と逆行政策では、コメ騒動は解決できない。しかも、高価格が続くと、輸入米がさらに増加して市場を圧迫し、稲作農家の廃業を加速してしまいかねない。「あと5年以内にここでコメをつくる人はいなくなる。この集落は人が住めなくなってくる」との懸念が全国各地で聞かれる現実を直視してほしい。
おこめ券に4,000億円支出するなら、同額を農家補てんに振り向けたほうが間違いなく根本的解決になる。コスト割れを回避できる補償基準が明示されれば、農家は経営計画が立てられ、消費者も安く買える。
植物工場の可能性を模索することも否定はしないが、今は、安心して増産できるセーフティネットと備蓄を含む政府在庫の買入・放出ルールを明確化した運用で需給・価格を安定化させ、農家と消費者の双方を守る政策が待たれる。鈴木農水大臣は、職員への訓示で、「財務の壁を乗り越えよう。全責任は私が負います」と発言した。ぜひ、有言実行に期待したいところである。
私たちは、アメリカによる「胃袋からの属国化」から脱却し、独立国としてアメリカと対等な関係を築かなくては、日本の食と農と日本社会が守れないということに気づく必要がある。今こそ、「胃袋からの独立」を実現しなくてはならない。
<PROFILE>
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)
1958年生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省に入省。2006年から24年まで東大大学院教授、現在は同特任教授・名誉教授。専門は農業経済学。三重県志摩市の半農半漁の家の一人息子として生まれ、田植え、稲刈り、海苔摘み、アコヤ貝の掃除、うなぎのシラス獲りなどを手伝い育つ。安全な食料を生産し、流通し、消費する人たちが支え合い、子や孫の健康で豊かな未来を守ることを目指している。『日本の食料安全保障とはなにか?』(共著、かや書房)、『令和の米騒動』(文春新書)など著書多数。








