都会へ向かう高齢者たち

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 「老後移住」が活発になってきている。老後は都会暮らしと田舎暮らし、どちらにしようか──リタイア後の暮らしについて、いろいろと考える人も多いだろう。マンションか戸建か、賃貸か購入かというように、1人ひとりの趣味嗜好や経済力にもよるので、一概には正解がみえない。かつて“リタイア後は田舎で悠々自適”というスタイルが脚光を浴びたが、それはすでに過去のもの。今起きているのはその逆で、生きるための「都市回帰」。移動も生活も便利な都会に、終の棲家を求める。地方に取り残された高齢者が新しい住まいとして選ぶ先がどこにあるのか。2つの例をとって考えてみたい。

なぜ都会に向かうのか

 「老人ホーム」は、親と子が一緒に住むことが叶わず、それぞれが離れて住むスタイルだ。“子どもたちもすでに持ち家があり、誰も実家に戻る予定がない。母親一人暮らしでは、防犯面でも建物の老朽化という面でも心配。もし、家のなかで倒れて発見が遅れたら?誰も継がない家をそのままにしておいて、将来空き家になるのも避けたい。高齢の母の頭がしっかりしている今のタイミングで家を売却し、その資金で設備の整った老人ホームに入ってもらうのが良いと子どもたちは考える”。実家じまいがその1つだ。

なぜ彼らは都会に向かうのか pixabay
なぜ彼らは都会に向かうのか pixabay

    2つ目は、定年後のタイミングで選択する移住のスタイル。以前は都市圏から地方圏への人の動きを指すことが多かったが、今はその逆。地方から都市圏への移動、また同じ都道府県内でも、経済・人口規模の大きい市区町村への移動が増えてきている。セカンドライフを都市で過ごすという移動の異変が起きているのだ。背景には、地方の医療・介護インフラの崩壊、買い物難民化、独居高齢者の増加など、足元の生活を維持できなくなる現実があるだろう。あるお年寄りは「子どもとの同居」、そして「入院、入所」が理由で移住を決めた。“子どもに迷惑をかけまいと、少しでも元気なうちに都会へ出よう…”自立志向の高い高齢者も多いようだ。子どもと近い距離、いわゆる“スープの冷めない距離”で暮らしたいと望む高齢者も増えている。要介護認定を受けていても、施設に入るのは容易でない。地方で暮らす親の生活を手助けするため、自宅や近所に呼び寄せる人も多い。子どもたちの近くに住んで直接は面倒をかけたくないが、何かあったときにはすぐに駆け付けられるところへ。祖父母のもとへ孫を一時的に預けたりと、子育て世代の手助けにもなるように、お互い補完関係を築く距離に住む。

 その子どもたちが住むのも都会。いずれにしても彼らが向かうのは都市ということだから、その流れは静かに、そして確実に起きてきている。高齢者市場はこれまで「消費縮小する対象者」といったイメージで見られていたが、健康寿命の伸長に加えて、「都市移住×自立支援」という背景で拡大市場の兆し。都会に集まる高齢者の姿は同時に、縮小に向かう社会をどうやって再設計すべきかという重大な問いを投げかけている。

都市と田舎と

暮らしに必要なサービスはそこにあるか… photoAC
暮らしに必要なサービスはそこにあるか…
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    生活機能を支えるインフラと、事業価値としての「つながりの設計」を捉えるのが、今後の都市開発のポイントになりそうだ。都市の人間関係は機能的になりやすいので、老後の安心を確保するためには介護や福祉、日常の見守り、権利や財産の保護など、必要に応じて適切な外部サービスを利用することが基本的な考え方になる。田舎でも都会でも、「暮らし」に大きく関わるのは「人間関係」。人付き合いがわずらわしい人は都会を、濃厚な人付き合いを求める人は田舎を、という選び方もあるだろう。病院を選ぶときは都会のほうが選択肢は多いため、都会暮らしに軍配が上がるだろう。病院の選択のために、地方から都市部に移り住む高齢者も珍しくない。

 また、スーパーマーケットや銀行、郵便局など、暮らしに必要なサービスも近接していることから、暮らしやすさが向上する。医療や介護など、いざというときに必要となるサービスにどのようにアクセスしたらよいか、あらかじめ考えておくと、安心して田舎暮らしが送れる。生存のための都市回帰が進むとはいえ、都市部では受け皿が不足し、介護サービスはひっ迫している。人口減で医療や介護資源が限られるなか、高齢者をいかに社会全体で支えていくか、反転、流出が進む地方圏は、これから課題として浮き彫りになっていくだろう。

生存のために都市回帰が進む unsplash
生存のために都市回帰が進む unsplash

    では、田舎に住み続ける高齢者はどうだろう?長らく住んできた場所を改めてリセットさせ、手を加えていく…そんなスタイルも断然良いと思う。子どもが巣立つころ、夫婦で過ごすのに何か特別欲しいものがあるわけでもなく、完璧を目指したいわけでもない。もし物件探しからするとなると、資金計画にも影響がある。そもそもまったく違う街に挑戦したいわけでもない。自然と今の家でずっと暮らすのが楽だな、気分良く妥協したいなと、持ち家を改装する流れもある。

 住み続けてきた家のリノベーションは、「できなかったことをやり直す」「使っていたからこそ手直しできる」「より良いものへグレードアップできる」といった手軽さ、今の生活の延長線上にある暮らしをイメージしやすいという安心感もあるだろう。身の丈に合った積極的マインドのシニア層が、「大人リノベ」を楽しむ姿も今では当たり前になってきている(詳しくは、本誌75号(2024年8月末発刊)「ポジティブシニア世代の“大人リノベ”」を参照)。

都市は楽園か?

 老人ホームに入れば盤石──というわけでもないようだ。老人ホームへの入居には、思いもよらない落とし穴がある。それはミスマッチだ。

 キレイな施設でスタッフの対応も良い。入居一時金は実家の売却金で支払い、月額費は年金を充てる。売買契約と入居手続きを同時に進め、新しい施設へと移り住んだ母親が、「ここを出たい…」といったら?環境にどうしても慣れない、戸建住まいの長かった高齢者が、壁一枚で隔てられた共同生活に馴染むには、時間もかかるだろう。しかし、戻るべき家はもうない。

都市は楽園か pixabay
都市は楽園か pixabay

    老人ホーム入居に際し、施設とのミスマッチはよく起こるという。高齢者にとって、長年住み慣れた「我が家」を失う喪失感は、若い世代が想像する以上に大きいものなのだ。だから、その歪みに落ちた高齢者は悩み、苦しみ、結果、転居・退去に至ることになる。

 本人に合うかどうかは、住んでみなければわからないのだ。「実家の売却益を入居一時金に充てる」という資金計画を立ててしまうと、売却と入居のタイミングを合わせざるを得なくなるが、万が一環境が合わなかったときに、戻る場所も資金的な余裕もないという八方塞がりの状況を生んでしまう。

 “入居”と“売却”は、同時に進めてはいけないのだ。自宅があるという事実は、施設生活に馴染むまでの精神的な安全装置としても機能するし、嫌なら家に帰ればいいと思える余裕が、新しい環境への順応を助けることも多い。物理的な「帰る場所」を即座に消滅させない方法を採って、親自身が「もう家に戻らなくても大丈夫」と思えたタイミングで初めて、売却のハンコを押す。そのくらいの慎重さと時間的な猶予をもつことも、必要なのかもしれない。

つながりの設計

 2040年には団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)が一斉に65歳を迎え、生産年齢人口が大幅に減少、社会保障費も急増していくと推測される。今以上の少子高齢化で受ける日本のダメージを和らげるために、後期高齢者の移住は新たなまちづくりの好機になるかもしれない。それが、「自治体の再設計と産業再編」という事業機会を生み出すことになるからだ。医療機関や介護施設、住宅などを集約できれば、都市機能の効率を高められる。老人ホームに保育園や幼稚園、学童保育といった子ども向け施設が併設されることで、多年齢層のコミュニティが生まれる。「幼老複合施設」の導入は、福祉・教育・人道的観点からも注目されている。

つながりの設計例「幼老複合施設」 (あなぶきメディカルケア(株)HPより引用)
つながりの設計例「幼老複合施設」
(あなぶきメディカルケア(株)HPより引用) 

    老人ホームにしても移住にしても、地元を離れた高齢者を孤立させない仕組みづくりが重要だ。「つながりの設計」とは、住民間の交流を促し、居住者同士の接点をどうやってつくり出すか。同じ場所にとどまる住民、新しく入ってくる住民同士が、良いご近所付き合いができるように、一緒に運動や会話を楽しめる空気を整え、居住の不安を解消してあげられるような体制をつくる。家族の絆と一緒に、「遠くの親戚より近くの他人」という地域のつながりや経済的取引(サービス産業を通した絆など)、多様な選択肢を用意しておきたい。

 一過性の需要を満たすだけでなく、世代を越えて住み続けられる街、いつでも出入りできる風通しの良い施設に育てていくなど、共同体の集合としての地域と、これを支える産業構造を織り交ぜてデザインする。高齢者が最後まで住み続けられる場所は、若年層も魅力を感じる。結果として、多世代共存のまちづくりを促すとも考えられる。都会暮らしにも、田舎暮らしにも、メリット・デメリットがある。どちらもイメージや憧れだけでなく、日々の暮らし、医療や介護についてリアルに考えてみることが大切なのだろう。

(了)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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