【菓子業界談義】老舗は、どうすれば「次の100年」に入れるのか

(株)石村萬盛堂
代表取締役社長 田中洋之 氏
(株)千鳥饅頭総本舗
専務取締役 原田広太郎 氏

(株)石村萬盛堂の田中洋之社長(左)と(株)千鳥饅頭総本舗の原田広太郎専務(右)
(株)石村萬盛堂の田中洋之社長(左)と
(株)千鳥饅頭総本舗の原田広太郎専務(右)

 「お菓子の需要が明日から消えることはない」。そう語りつつも、(株)石村萬盛堂の田中洋之社長と(株)千鳥饅頭総本舗の原田広太郎専務は、足元の経営環境を決して楽観していない。原材料高、人手不足、販路変化、人口減少──。両氏の対談から見えてきた老舗経営の課題と可能性を、記者が整理した。問われているのは、歴史を守ることそのものではなく、何を残し、どう次代へ届けるかである。

需要はあるが

 田中洋之社長は、菓子業界について「需要そのものが一気にゼロになる業界ではない」と語る。食べる楽しみがあり、贈答文化もある。業界そのものの消滅を危惧しているわけではない。だが、だからといって経営が楽になるわけではない。

 原田広太郎専務も「市場があることと、利益が出ることは別」と指摘する。値上げによって売上高は押し上げられているが、その実態が数量増をともなっているとは限らない。数字だけを見れば伸びているようでも、中身を精査すれば楽観できる状況にはない。

 背景にあるのは、コスト構造の急激な変化である。小麦や餅粉、小豆、油脂類といった原材料だけでなく、包装資材、エネルギー、人件費、物流費まで幅広く上昇している。売上高が前年を上回っても、利益面で安心できる状況ではないという認識は、両氏に共通していた。

 加えて、消費者の価格に対する視線も厳しさを増している。値上げそのものが受け入れられないのではなく、その価格に見合う価値があるのかが問われている。企業側が「コスト上昇でやむを得ない」と考えていても、顧客はそれだけでは納得しない。価格に意味があり、納得できる価値として伝わっているかどうかが、これまで以上に重要になっている。

国内菓子市場規模の推移

再建の要諦

 石村萬盛堂の歩みは、多くの老舗企業にとって関心の高いテーマである。外部から見れば、トップ交代を機に立て直しが進んだように映る。しかし田中社長は、そこに誤解があってはならないと語る。

 黒字化は、社長就任後に突然実現したものではない。その前段で、固定費の見直し、商品構成の整理、現場オペレーションの改善、組織の立て直しといった地道な構造改革が進められていた。そうした土台づくりがあって初めて、次の成長を語れる状態になったのである。

 原田専務も、経営再建とは本来そういうものだと応じる。何か1つのヒット策で一気に流れが変わるのではなく、足元を整える作業の積み重ねによってしか、企業は立ち直れない。

 とくに老舗企業は、長い歴史のなかで商品、店舗、商習慣、人の役割など多くのものを抱え込んでいる。その1つひとつには存在理由があり、過去には一定の合理性もあった。しかし時代が変われば、それがそのまま収益につながるとは限らない。そこを冷静に見直し、必要であれば整理していくことが、再建の前提となる。

 改革というと、新しいことを始める話として受け取られがちである。だが実際には、「何をやめるか」を決めることのほうがはるかに難しい。長く続けてきたものほど感情も経緯も絡むからである。それでも、そこに手を付けなければ会社は軽くならず、次の一歩に進めない。

石村萬盛堂債権の歩み

複雑化の罠

 老舗の課題は「古い体質」にあると一括りにされがちだが、実際に経営に携わる立場から見れば、より厄介なのは「古さ」よりも「複雑さ」である。

 歴史があること自体は、本来強みである。問題は、その歴史のなかで積み上がってきた商品群、販路、業務、意思決定経路などが複雑化し、全体像が見えにくくなっていることである。SKUが増えれば、製造や在庫、販促の負担も増す。販路が広がれば、採算差も見えにくくなる。意思決定の経路が長くなれば、変化への対応速度も鈍る。

 商品数が多いことは、一見すると強さのように見える。しかし、売れ筋とそうでないものの差が広がるなかで、かえって現場を疲弊させ、利益を削る要因にもなり得る。複雑さを抱え込んだままでは、会社は重くなり、変化に機敏に対応できなくなる。

 だからこそ老舗に必要なのは、伝統を守ることと同時に、複雑さを整理することである。全部を残そうとすれば、かえって企業としての輪郭がぼやける。何を核として残すのかを定め、その核に経営資源を集中できれば、変えられる部分はむしろ大きい。老舗の価値は、抱えているものの総量にあるのではなく、未来に持っていくべきものを見極める力にある。

新商品神話

 菓子業界にいる以上、「次のヒット商品を」という期待は常につきまとう。もちろん新商品は重要である。しかし、両氏はともに、それだけで経営を支える時代ではないとみている。

 ヒット商品は、商品力だけで決まるものではない。売り場との相性、価格、時流、話題性、見せ方など、複数の要素が重なって初めて成立する。狙って必ずつくれるものではなく、再現性も高くはない。

 そのため田中社長は、新商品を否定しない一方で、それ以上に「既存の商品をどういまの市場に届け直すか」が重要だと語る。看板商品には、味だけでなく、会社の歴史や地域の記憶が宿っている。その価値を、現代の生活者に通じる言葉でどう見せるかが問われているのである。

 原田専務も、老舗にとって最大の資産は、長く愛されてきた商品そのものにあるとみる。新しいものをゼロから育てるだけではなく、既存資産をいかに再編集し、次の顧客につなぎ直すか。そこにこそ老舗の勝負どころがある。

 新商品だけに依存すれば、どうしても打率の低い勝負になる。その一方で、既存資産の磨き直しには、より高い再現性がある。「この会社らしさ」をどう時代に合わせて更新するか。そこに経営の本筋があるという認識で、両氏の見方は一致していた。

記憶を売る

 菓子は生活必需品ではない。だからこそ最後に購入の決め手になるのは、価格や機能だけではない。両氏が共通して重視していたのは、菓子が人の記憶や感情に触れる商品だという点である。

 田中社長は、菓子を「記憶の媒体」だと表現する。子どものころに食べた味、誰かにもらってうれしかった記憶、旅先の風景、家族との時間。そうした情景と結びつきながら商品は記憶のなかに残り、だからこそ人は再び手に取る。

 原田専務も、菓子は単なる甘いもの、便利なものではないと語る。贈る相手との関係、家族との時間、地域の思い出まで含めて商品になっている。そこに菓子の面白さがあり、同時に難しさもある。

 老舗企業は、本来この領域に強みをもっている。長い年月を通じて顧客の記憶のなかに入り込んできたからである。ただし、その強みは放っておけば持続するものではない。世代が変われば、接点のつくり方も変えなければならない。「昔からある」だけでは、若い世代には届きにくい。昔からあるものを、いまの生活者にとって意味のあるものとして言い直すこと。それがブランドづくりの核心である。

販路再考

 販路をどう構成するかという問題も、この数年で意味合いが大きく変わった。かつては駅や空港、商業施設など、人流の大きい場所が圧倒的に強いと考えられていた。だがコロナ禍によって、その前提は崩れた。

 人の流れが止まれば、交通拠点や商業集積地に依存した店舗は一気に厳しくなる。一方で、地域に根差した店は派手さこそないが底堅かった。つまり、平時に効率の良い店と、有事に耐える店は必ずしも一致しないのである。

 そのため現在は、単純な売上効率だけで販路を評価することが難しい。観光立地、路面店、卸、ECなど、それぞれに異なる役割がある。それらをどう組み合わせ、全体としてどのようなリスク分散を図るかが重要になっている。

 最適化を進め過ぎれば、外部環境の変化に脆弱になることがある。逆に安全性だけを重視すれば、成長機会を逃す。平時の収益性と非常時の耐久性、その両方を視野に入れながら、自社にとって最適な布陣をつくる必要がある。販路もまた、「何を残し、何を組み合わせるか」の経営判断にほかならない。

地域で掴む

 足元では、インバウンド需要の回復も大きな追い風となっている。観光需要は菓子業界全体にとってプラス材料であることに、両氏とも異論はない。ただし、その波を個社単独で取り切れるかといえば、話は別である。

 観光客はまず「地域」に惹かれてやって来る。最初から特定の菓子ブランドを目的に来訪する人ばかりではない。だからこそ、福岡として、九州として、どう見せるかが重要になる。地域全体の魅力があり、そのなかで個社ブランドが選ばれる構図をつくらなければならない。

 老舗は、自社の歴史だけを語っていても足りない。地域文化のなかで自分たちがどういう存在なのか、その文脈ごと伝える必要がある。地域のなかで競争するだけではなく、地域として一緒に価値をつくる視点が求められている。

 個社の努力はもちろん必要である。しかし、個社だけで大きな流れをつくるには限界がある。地域全体のブランド力を高めながら、そのなかで自社の個性を際立たせる。インバウンド時代の老舗戦略は、そうした発想抜きには成り立たない。

訪日外客数の推移

守る覚悟

 対談の最後に見えてきたのは、老舗経営に必要なのは、すべてを守ろうとしない覚悟だということである。残したいものは多い。しかし、すべてをそのまま未来にもっていくことはできない。何を未来に渡すのかを決め、その価値を磨き直すことが必要になる。

 老舗の価値は、古いことそのものにはない。積み重ねてきた信頼、商品に宿る記憶、地域とのつながりといった無形資産にある。それらをどう再編集し、現代の顧客に届く言葉で語り直すかが、本当の勝負である。

 構造改革も、新商品開発も、ブランドづくりも、ばらばらに存在していては意味がない。自社は何者で、なぜ選ばれるのか。その問いに一貫して答えられるかどうかが、老舗の分岐点になる。

 次の100年とは、単なる時間の問題ではない。自分たちの価値を、次の時代に伝わる言葉で語れるかどうかという問題である。その力をもつ企業だけが、本当に次へ進むことができる。

重さを越える

 今回の対談を通じて浮かび上がったのは、老舗経営の課題が「伝統を守るか、変えるか」という単純な二者択一ではないということである。問われているのは、守るべき核を見極めたうえで、事業構造を軽くし、商品を磨き直し、販路を組み替え、ブランドの言葉を更新できるかどうかである。

 需要はある。だが、待っていて売れる時代ではない。歴史はある。だが、それだけで選ばれる時代でもない。

 だからこそ、田中社長と原田専務の言葉は重い。老舗が次の100年に入れるかどうかは、過去の長さで決まるのではない。過去を、いまの顧客に届く意味へと変換し直せるかどうか。その経営の密度と覚悟こそが、次の分岐点を越えられるかどうかを左右する。

【児玉崇】


<COMPANY INFORMATION>
(株)石村萬盛堂

代 表:田中洋之ほか1名
所在地:福岡市博多区須崎町2-1
設 立:2021年9月
資本金:1,000万円

(株)千鳥饅頭総本舗
代 表:原田浩司
所在地:福岡市博多区上川端町9-157
設 立:1997年8月
資本金:1,000万円


<PROFILE>
田中洋之
(たなか・ひろゆき)
愛媛県松山市生まれ、山口県熊毛郡育ち。米カリフォルニア州立大学フレズノ校経営学部卒。(株)山口油屋福太郎代表取締役社長などを経て、現在は(株)石村萬盛堂代表取締役社長。趣味はサーフィン、水泳、音楽鑑賞。

原田広太郎(はらだ・こうたろう)
1978年2月生まれ、福岡市出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒。2007年に(株)千鳥饅頭総本舗入社、19年専務取締役就任。現在は老舗ブランドの継承と事業運営の中核を担い、企業価値の向上に取り組む。

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