江学勤の現代地政学(1)江学勤とは何者か

福岡大学名誉教授 大嶋仁

 江学勤(ジャン・シュエチン)といえば、いま話題の中国系カナダ人である。

 北京の高校の先生をしているというが、現代中国のエリート教育に多大な影響力をもつともいわれる。北京大学附属高のような超エリート校では、彼の教育改革案が採用されているというのだ。

 中国の教育といえば「暗記主義」の極致である。あらかじめ正解を定め、それを覚え込むこと以外を認めない。だから、自由な発想など育つはずもない。「将来の中国、これで大丈夫なのか」と傍観者の私でも心配になる。

 中国の大学で長く物理学を教えている日本人の教授があるときこう言っていた。「中国の学生は日本の学生より勉強するが、問題意識に欠けるというか、突っ込みがない。日本の学生もおとなしいが、それ以上だ」と。

 そうはいっても、国際学術雑誌に載る中国人研究者の論文数は、日本人のそれをはるかに上まわる。一体どうなっているのだろうと不思議になるのだが、ことノーベル賞ともなると一向に中国人が頭角を現さない。彼らには真の独創性がないのかもしれないなどと思ってしまう。もっとも、ノーベル賞が独創性とどこまで関係するか、そこはわからない。

 中国の科学者や技術者が「優秀」であることは、日本から派遣されて中国で仕事をしている技術者も認めている。「インド人もすごいのがいますが、中国も負けませんよ」と言っていた。しかし、それでも彼らの優秀さがどういう性質のものか、そこは吟味せねばなるまい。そもそも「優秀さ」とはどんな基準で決まるものなのか。

 江学勤の教育改革案だが、その内実は「創造力・批判力・人間性の育成」となっている。これらは近代西欧の教育理念で、彼が北米育ちであることが反映されているに違いない。そこに何ら新しいものはない。

 しかし、彼の改革案が中国の超エリート高で採用されている理由は理解できる。そこで育つ生徒たちが目指すところはアメリカの一流大学なのである。つまり、彼の改革案はアメリカ留学に向けた予備校プログラムのようなものだ。これなら国策と矛盾しない。要するに一部の超エリート子弟向けのプランであって、一般国民とは無縁ということだ。

 ここで江学勤の生い立ちに触れると、広東省に生まれ、六歳のときに両親に連れられてカナダへ移住し、そこで育った。アメリカの一流大学に入ろうと試みるも、ハーバードにもプリンストンにもMITにも入れず、イェール大学で英文学の学士号を取得したにとどまる。大学院に進まず、いわゆる研究歴というものもない。

 しかし、その頭の切れのよさが尋常でないことは、彼のYouTubeを見ればわかる。これを見て「宇宙的天才」と評する人さえいる。私自身はどこまで彼の言っていることが正しいのか首をかしげることがあるが、彼が発信するYouTubeには正直いって圧倒される。そう、彼がいま世界で話題になっているのは、次から次へ繰り出す現代世界の政治情勢に関するYouTubeのおかげなのである。

 当然ながら、彼は英語のネイティブだ。YouTubeも英語版しかない。だが、英語の苦手な人は日本語版字幕を見ればよい。彼がどれほど中国語ができるのか、そこは分からない。

 ともかく、度肝を抜く内容だ。一体どうすれば、こんなに膨大な知識を簡潔にまとめ上げて1つのヴィジョンにもっていけるのかと感心することしきり。

 地政学といえばアメリカのミアシャイマーがトップだろうが、ミアシャイマーはアメリカ人で、アメリカ帝国主義の信奉者である。アメリカを十分相対化できていない。中国系の江学勤にはそれができる。そこが彼の強みである。

 江学勤は「トランプは愚かだ」とは言わない。そのかわり、この大統領はアメリカが求めてきた「世界制覇戦略の成れの果て」と見る。アメリカは世界の石油を我がものにし、それを世界中に売りつけようという戦略をかなり前から持っており、現在進行中のイランへの攻撃もその一環に過ぎないというのである。

 では、イランはこれに対してどう対抗しているのか。江学勤によれば、イランはアメリカの戦略をよく知っており、「アメリカには勝ち目がない」と見ている。なにしろその戦略には膨大なコストがかかるのに、アメリカはいつまでもこの戦略に固執している。これでは国力が衰退するだけである。イランは「じっとそれを待っている」というのである。

 江学勤はこの論を文明史的文脈で整理し、「イランは他国に戦争を吹っかけないかわりに、戦争を仕掛けてくる国の力を徐々に削いでいく知能を長い歴史を通じて培ってきた」と見る。アメリカには「時間をかける」という発想が欠けており、そもそも時間感覚がない。世界一の軍事力を有しているにしても、それを支える経済力がなくなっている現実はどうしようもないというのだ。

(つづく)

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