自分のゲームを生きているか?

自分のゲームを生きているか? pixabay
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 今の大学生は、ボランティアにしても何か活動をするにしても、就職活動のときにそれがどう評価されるかを気にしているという。自分の気持ちをよそに、求められる期待値の高い“仮面”を被って応戦する。学生時代から社会的な評価を求めて、過剰な取り繕いをするのはどうなのだろうか。若いうちは、そこまで他人の役に立つことなど考えなくてもいい気がするが…。若い人は、何でもいいから好きなことを突き詰めたほうがいい、親はそれを静かに見守ればいい。仮に一時的に「脆弱性」が上がっても、長い目で見れば、それが未来を開く起爆剤になる。成長を重ねれば、必然的に社会の役立つ道筋に導かれていくものだ。時代の変化とともに、若い人たちの価値基準は大きく変わってきている。かつてのように「収入」や「出世」「成長」に代わる「幸せ」の在り方に着目し、古い価値や呪縛にとらわれない自分らしさの処方箋をもとう。

新しい言葉で綴る

新しい言葉で綴る unsplash
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    自分の衝動を前面に押し出した瞬間から、「自分の人生が動き出した!」という人は多い。東洋に位置しながらも西洋化を推し進める「模範生」だった日本は、アメリカの同盟国として、その秩序を支える存在だった。でも、もうそれだけでは立ち行かない時代に入っている。私たちは今、自分たちのアイデンティティーを見直し、新しい言葉を綴る必要がある。問いを立て、仮想を描き、現実を少しずつ書き換えていく…、古き良きと、新しいものが交錯する今、未来に対して編み直していくグランドデザインを大いに語らなければならない。それが、この時代に生きる人の最大の責任であり、向かうところ楽しみなストーリーに至る。

 ある若い経営者はいう。「人の上に立つ」という言い方は止めたほうがいい、「人の中心に立つ」という言い方にしなければならないのだと。社長は会社の上ではなく、センターに立つべきだと。タイヤの中心のような位置で、なかに近づけば近づくほど熱量もスピードも上がる。外側に行けばスピードも緩くなるし熱量も下がる。新入社員に伝えたいのは、「出世して会社の中心に近づきたい」という言い方をしなさい、ということだ。

 みんなのうえに立っていると思うと、やっぱり傲慢になる。みんなの中心にいると思ったら、自分が一番動かなければならないし、熱量をもたないといけない。会社のトップではなく、会社のセンターを目指す。「人の上に立つ」という言い方を変える、言葉を変えるだけで、行動が変わってくる。

幸せそうに見えない日本人

幸せそうに見えない日本人 photoAC
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 「言葉にするのが苦手」という人にありがちなのが、つい「自分にはできない」「こんなことを言ったら変なんじゃないか」と決めつけてしまうことだ。「何で伝わらないのだろう…」「どうしたらいいんだろう…」と、落ちこむこともあるだろう。その結果、言葉に対して苦手意識をもつようになってしまう。伝えたつもりがちゃんと伝わっていなかったり、感じていることをうまく言葉にできなくて、誤解から争いにつながってしまうこともある。

 自分の意識を「言語化できる人」と「できない人」の違いに、才能や地頭の良さは関係ない。自分のなかにある言葉を信じているか、出る前に止めてしまうか、その差だけ。言葉は無理に探すものではなく、まず自分を信じることから始まるのだ。

 日本はずっと「後続の人」であり続けた。自分たちより先に文明の道を歩んできた欧米人に追いつこうと、頑張った。道はすでに私たちの前にあり、言葉が先を歩いていた。それをなぞりさえすれば、少なくとも西欧人が手にしている成功が手に入った。でも私たちはすでに彼らに追いつき、ある意味では追い越してしまっている。彼らより先に超高齢化社会の道を歩み、そこで自分たちの前にルートがないことに愕然としている。もう欧米人が日本を引っ張ってくれる時代は終わり。今の子どもたちは自分たちの言葉を見つけ、新しい道を歩いていかなければならないフェーズにきている。

 時代はがらりと変わり、かつてのような皆が同じ目標に向かって一直線に進む時代ではない。価値観は多様化して、幸せのカタチも人それぞれ。それなのに古い価値観では、どこかで「人と比べる」ことから抜け出せずにいる。会社の同僚と、学生時代の友人と、親戚と、そして今やSNSを見れば顔も知らない誰かと、常に自分を比較してしまう。「あの人は自分よりお金をもっている」「あの人は自分より楽しそうに暮らしている」「あの人は自分より若く見える」。そこに「承認欲求」が絡んでくるから、より複雑化する。

 日本人がここ数十年、幸せそうに見えないと感じるのはなぜだろう?「本来の幸せ」は、その人だけの感覚のものであるべきで、「他者の幸せ」と比較できるようなものじゃないはず。日本では「日本人の幸せの定型」みたいなものが流布され、長らく型にはめられてきた。マイカー、マイテレビ、マイホームなんかを追い求める思考は典型だし、偏差値の高い大学を出て商社や銀行に就職し、30代半ばで高収入を得て結婚。タワマンを買って…といったコースは、みんな「数値化できる幸せ」だ。簡単に他者と比較できてしまう。

自分だけのゲームを見つける

自分だけのゲームを見つける pixabay
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 “自分は何を欲しているのか…”まずいのは、その声が聞こえなくなることだろう。好きなこと(もの)をある年ごろになったとき、親が子どもから取り上げてしまう。進路のために子どものことを想っての親心だが、結果的にそのことが、子どもの内なる声を弱くしてしまう。子どもの内発的動機と知的好奇心を削いでしまうような行為は、できるだけ避けなければならない(詳しくは本誌89号(2025年10月末発刊)「熱くなれ、教育変革(後編)」を参照)。

 「人と比べる」は、負の感情を生む。焦り、嫉妬、羨望、そして自己嫌悪。「自分はダメだ」「なぜ自分だけがこんな思いをするんだ」と、心がどんどんすり減る。比べる対象は際限なく現れる。どれだけ自分が恵まれていても、上には上がいてキリがない。そして常に、自身の価値を外部の不安定な基準に委ねてしまうことになる。自分軸を失い、他人の評価や世間の目に振り回されるようになったら、これほど苦しいことはない。

 多くの人は自分の人生を生きているつもりで、実は「他人がつくったゲーム」を必死にプレイしている。なぜなら、多くの人は気づかないうちに、他人がつくったゲームを自分の人生だと勘違いしているからだ。他人が用意したコースを、必死に正解っぽく走っている。ルールも平気で変わる。競争相手がいるから、勝っても安心できない。だから苦しい。自分のゲームの価値は、外側の評価ではなく、自分の内側のモノサシで決まる。だから比べる相手は他人ではなく、“昨日の自分”になる。昨日より理解が深くなったか。昨日より少しだけ解像度が上がったか。そうした小さな前進が、このゲームの報酬になる。そうすれば、他人の言動に脅かされることがなくなり、嫉妬が減り、不毛な虚栄がなくなる。“何を成功とするのか”“何を幸せとするのか”“何に時間を使ったとき自分は満たされるのか”。没頭すること自体が目的になっていけば、世間の基準ではなく、自分の内側に問いかけて決めることができる。「自分だけのゲームを見つける」、ここに人生の本質が眠っている。

“自分らしさ”の処方箋

自分らしさの処方箋 publicdomainq
自分らしさの処方箋 publicdomainq

    結果を目的にしている人よりも、ゲームとして楽しんでいる人のほうが“結果”が出やすくなるのは、継続時間が圧倒的に長くなるからだ。義務でやる人は疲れたらやめる、報酬が見えなくなったら手を止める。でもゲームとしてやっている人は、楽しいから続ける。試行回数を重ねた人のところに、気づいたら結果が現れていく。結果とは、追いかけて手に入れるものというより、没頭した人の後ろに積み上がっていく副産物のようなもの。「これを知るものはこれを好むものに如かず、これを好むものはこれを楽しむものに如かず」とは、『論語』にある孔子の言葉。物事は、知っているだけの人より好きな人が勝り、好きな人よりも心から楽しんでいる人が最強である。

 他人のゲームで優秀なプレイヤーになる必要はない。たとえ観客が自分1人しかいなくても、自分が心から面白いと思えるゲームの創造主になろう。他人の評価がなくても進めるし、目先の損得にも振り回されにくくなる。何より、外から与えられる報酬より、内側から湧いてくる充実のほうが強い。「人と比べない」というのは、決してあきらめたり努力を放棄したりすることではない。それは他人との競争の渦から離れ、自分自身の価値基準を確立する処方箋。自分らしいリズムで生きることを選択する勇気だ。その確立された自分軸があるからこそ、他者と健全に関わり、助け合い、支え合えるのではないだろうか。


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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