政治経済学者 植草一秀
プロ野球・読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が、高校生の長女(18)への暴行容疑で警視庁に逮捕された事件。警察が釈放した阿部氏は球団事務所で記者会見を開いて辞任を表明した。警察は暴行容疑の現行犯で逮捕したと伝えられている。
阿部氏が加害者で長女が被害者。警察は阿部氏を逮捕しておきながら、身柄を送検することもなく、早々に阿部氏を釈放した。暴行の現行犯で逮捕した被疑者を被害者が居住する自宅へ帰宅させた。警察の行動に論理一貫性がない。
被疑者が政府敵対者であれば長期勾留するだろう。しかし、被疑者が所属するのは読売グループの野球球団。読売グループは政治権力、警察、検察と深い癒着関係を持つ。読売グループの事実上の創設者である正力松太郎氏は戦犯容疑で収監された。しかし、釈放された。内務官僚出身者で警視庁刑務部長も歴任している。釈放された正力氏はCIAコードネームを有していた。PODAMである。釈放後は米国のエージェントとして活動したとみられる。
日本の警察・検察・裁判所の腐敗は深刻である。警察・検察には巨大すぎる裁量権が付与されている。その裁量権とは、犯罪が存在していても犯人を無罪放免にする裁量権と犯罪が存在していないのに、無実の市民を犯罪者に仕立て上げる裁量権である。
読売巨人軍の監督だから即日釈放になったと考えられる。これが政府敵対者であれば長期勾留は免れなかったと思われる。報道によれば、阿部容疑者が長女と次女のケンカを止めようとした際、長女から言い返されたことに腹を立て、襟元をつかんで投げ飛ばすなどの暴行を加えたことが確認されているという。
事件が発生したのは5月25日午後7時頃。被害者の長女が児童相談所に連絡し、児童相談所が警察に通報し、警察が現場に踏み込み、阿部氏を現行犯で逮捕したというもの。警視庁渋谷署は26日未明に阿部氏を釈放した。スピード釈放である。被害者がいる自宅に加害者を帰すことは異例の措置と言える。
球団は26日に阿部監督の辞任を発表。同日午後、阿部氏は会見を開いた。この会見で阿部氏の代理人弁護士が長女の手紙を代読した。手紙には、「殴る蹴るといった事実はなかった」「私の過度な状況説明で報道内容が事実と異なってしまった」「どのようにすればいいか分からないといった形で児童相談所の職員に相談させていただいたにもかかわらず、どうしたらいいかといった私の意向が聞かれることなく警察に通報されるという形になってしまった」「警察が来て一番驚いているのは自分自身である」などと書かれていた。
手紙の冒頭には「これは私の意思で書いております」とあるが、全体の文章は18歳の女性が混乱から時間が経過していないタイミングの短時間に記述したものとは思えないほどの文体と内容である。「これは私の意思で書いております」の記述が、逆に、誰かのサポートによって書いている、あるいは、書かされていることを想起させる結果をもたらしている。
この事件の図式では、阿部慎之助氏が加害者、長女が被害者である。その被害者による加害者に対して有利になる「供述」を、加害者側が示す場合には、その「供述」が確かに被害者によってなされたものであることを示す客観的な根拠を示すことが必要である。メディアはこの会見の内容をそのまま垂れ流して、阿部氏に有利な状況を作り出そうとしているように見える。しかし、あくまでも刑事事件の手続き上のプロセスの過程にある事案であり、公正な取り扱いがなされる必要がある。
阿部慎之助氏と長女は家庭内で同居しているが、対等の関係にはない可能性がある。仮に阿部氏が優越的な立場にあるとすれば、「手紙」にしても阿部氏の意向に従わざるを得ない状況が生じることは十分に考え得る。親子の間でも暴行があれば犯罪は成立する。阿部氏の会見で長女への謝罪の言葉はなかった。「巨人軍監督の名を汚して申し訳ない」「家族のトラブルで迷惑をかけて申し訳ない」などの発言はあったが、長女への謝罪はなかった。
その文脈のなかで、長女の「手紙」が阿部氏を正当化する「根拠」に利用された感が強い。阿部氏が監督辞任という状況に追い込まれ、阿部一族として阿部家の損失を最小限に食い止めるために「協力」した可能性を推察することはできるが、現時点では、事案が刑事事件としての捜査の過程の途上にある。
阿部一族の損得を計算する前に、刑事事件に対して真摯に向き合う姿勢が必要だ。
メディアが会見を無批判に垂れ流すことに付随して、ネット空間においては、
「通報した長女が悪い」
「阿部氏は悪くない」
との主張が拡大している。
メディア報道がこの論調を誘導したと見るのが妥当だ。この風潮が、日本での悪質な家庭内暴力や虐待、部活動等における違法な暴力を増長させる原因になっている。
高齢男性を中心に「家庭内暴力」、「家庭における児童虐待」の経験を「武勇伝」のごとく美化して自画自賛したり、「家庭内暴力」、「家庭における児童虐待」を肯定する主張を流布する者が散見されるが、時代錯誤も甚だしい。
家庭内でも企業内でも学校内でも暴力、暴行、虐待は犯罪である。いじめも犯罪、暴行も犯罪、虐待も犯罪である。その基本認識が欠落していれば事件は繰り返される。阿部氏会見での「長女の手紙」の取り扱いは深刻なほどに不適切なものであった。この「手紙」を利用する状況を生み出した阿部氏代理人弁護士の行動の不適切さが厳しく論じられる必要がある。
刑事事件の取り扱いには極めて深刻な不均衡が存在する。
・ジャニー喜多川性暴力事件
・市川猿之助事件
・西武ライオンズ山川事件
・ビッグモーター・損保ジャパン事件
・日大アメフト部薬物事件
・木原事件
などでは、適正な刑事責任の追及が行われていない。
警察・検察と天下り受け入れ等の密接な利害関係がある企業や団体に関連する刑事事件の責任処理が著しく甘い状況を確認できる。
これに対して、
・ガーシー議員事件
・西松・陸山会事件
などでは、政治権力にとっての敵対者が不当に過度の追及を受けてきた。
辺野古の事件ではメディアが延々と責任追及を続けているが、阿部慎之助暴行事件については、真相を究明する姿勢も示さずに、阿部氏側の一方的な会見での主張を垂れ流して、事件の構図判断に著しく偏った予見を与える状況が生まれている。
被害者の児相への通報を契機に情報が警察に連絡され、現場に踏み込んだ警察官の現況確認によって現行犯逮捕が行われた刑事事案であり、まずは、事件の真相を客観的に明らかにすることが優先されなければならない。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
ブ ロ グ「植草一秀の『知られざる真実』」
メルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」








