NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、6月19日付の記事を紹介する。
プーチン大統領が日本文化、特に「柔道」に関心を持つようになった最大のきっかけは、11歳の時に地元レニングラード(現サンクトペテルブルク)の格闘技クラブで、生涯の師となるアナトリー・ラフリン氏と出会い、彼から日本の武道精神を叩き込まれたことです。プーチン氏は少年時代、気の荒い「路地裏の不良少年」でした。自分を守るために最初はソ連発祥の格闘技「サンボ」を始めましたが、その後に柔道へ転向します。
師であるラフリン氏は、単に技を教えるだけでなく、「礼に始まり礼に終わる」という日本の武道精神や規律、克己心を徹底的に教え込みました。プーチン氏は「柔道が私の人生を変え、人間として育ててくれた」と公言しており、ここが日本文化へのリスペクトの原点です。
プーチン氏の柔道への愛着は、ロシア国内にとどまらず、日本の柔道界との直接的な交流で更に深まりました。柔道の総本山である「講道館」を非常に神聖視しており、2000年の初来日時には念願の講道館を訪問。そこで自ら道着を着て畳に上がり、技を披露したことは当時、世界中で大きな話題となったものです。
ロス五輪金メダリストの山下泰裕氏(前JOC会長)とは20年以上の親交があり、二人で柔道の指導書やDVD(『プーチンと柔道を学ぼう』)を共同制作するほど、日本の柔道関係者を深く信頼していました。
柔道で培った肉体を維持するため、プーチン氏はロシアのエリート層の中でも極めて徹底した健康オタクとして知られています。その一環として、「日本食(特に寿司や緑茶)」を好むようになったことも、日本文化に関心を持ち続ける要因となっています。
大統領府の専属シェフに対しても、脂肪分の少ない魚介類を中心とした和食ベースのメニューをリクエストすることが多く、日本の食文化の「健康的で機能的」な側面を高く評価している模様です。中国の習近平国家主席と共に「150歳まで生きる」と豪語していますが、その拠り所が「柔道と和食」というわけです。
その上、プーチン大統領の柔道精神は、かつて安倍晋三元首相との間で20回以上にわたって繰り広げられた、北方領土問題を巡る日露首脳会談の緊迫した外交交渉においても、明確な政治メッセージとして使われました。
2012年、プーチン氏は領土問題の解決に向けた姿勢を問われた際、日本の記者団に対して「どちらも勝者にならず、どちらも敗者にならない『引き分け』の形を目指すべきだ」と武道用語を使って発言し、日本政府を驚かせたものです。
この「ヒキワケ」の精神に呼応する形で、日本側は従来の「4島すべての即時返還(日本の完全勝利)」という方針を事実上修正し、1956年の日ソ共同宣言を基礎とした「2島先行返還(互いの妥協による引き分け)」へ交渉の軸足を移すことになりました。
しかし、柔道精神を通じた「信頼関係」も、国家の安全保障の冷徹な現実の前には限界がありました。ロシア側は「引き分け」と言いつつも、最終的には「引き分けた後の領土に米軍基地が置かれるリスク」を理由に領土割譲を拒絶し、現在のウクライナ侵略以降、日露の関係は完全に凍結されたままになっています。
しかも、ウクライナ侵攻直後の2022年2月、国際柔道連盟はプーチン氏が務めていた「名誉会長」および「親善大使」の役職を即座に停止し、その後正式に剥奪しました。また、プーチン氏は講道館から「名誉六段」などを授与されていましたが、日本国内や講道館内部、さらにはウクライナの柔道連盟から「武道精神を自ら踏みにじった独裁者に黒帯を認め続けるべきではない」との激しい反発が巻き起こり、結果として、日本の柔道界もプーチン氏と距離を置く措置をとっています。
一方、世界から追放されたプーチン氏は、現在、日本や欧州に頼らない「ロシア独自の武道・柔道帝国」を国内に建設し、自身の権力基盤と愛国主義教育に利用するようになりました。
プーチン氏の故郷に建設された超巨大な柔道クラブ「ヤワラ・ネヴァ」は、プーチン氏の最側近である新興財閥のローテンベルク兄弟(少年時代の柔道仲間)が巨額の資金を出して建設したものです。ここは単なるスポーツ施設ではなく、「プーチン氏を崇拝するロシアの政財界エリートが密会する最高級サロン」としての役割を果たしています。
プーチン政権は、国内に次々と新設した武道センターにおいて、子供たちに柔道やサンボを教え込んでいます。しかし、そこでの教育は日本本来の「平和のための武道精神」ではなく、「強靭な肉体を作り、国家、即ち、プーチン氏に忠誠を誓う愛国的な兵士を育てるための基礎訓練」として完全に変質し、国威発揚の道具として利用されていると言っても過言ではありません。
残念ですが、本来の武道精神は変質した形でロシアに継承されることになってしまいました。これでは150歳というプーチン氏の夢も叶わないのではないでしょうか。
著者:浜田和幸
【Blog】http://ameblo.jp/hamada-kazuyuki
【Homepage】http://www.hamadakazuyuki.com
【Facebook】https://www.facebook.com/Dr.hamadakazuyuki
【Twitter】https://twitter.com/hamada_kazuyuki








