「合従連衡」から読む中国ビジネス(後)長期資本と企業家を動かす言葉

青山英明

合従連衡は高度なマーケティングである

 前編では、『戦国策』に見られる合従連衡を手がかりに、蘇秦の説得と、現代中国企業における資本提携の関係を考えた。合従連衡は、単に誰と組むかという話ではない。相手の不安、利害、制約条件を読み、その相手が動ける理由を言葉にする技術である。

 この見方は、フィリップ・コトラーのマーケティング理論とも関係する。コトラーは、現代マーケティングの代表的理論家として知られ、企業が市場をどのように分け、どの顧客層を選び、自社の価値をどのように位置づけるかを重視した。いわゆるSTP、すなわち市場細分化、標的市場の選定、位置づけの設計である。また、製品、価格、流通、販促という4Pの視点は、企業が価値をどのように提供し、顧客や取引先を動かすかを考えるうえで基本的な考え方となる。

 合従連衡をこの観点から見ると、縦横家の説得もまた、一種の高度なマーケティングであったと見ることができる。蘇秦は、天下を1つの市場のように見た。秦、趙、韓、魏、燕、楚、斉という各国は、それぞれ異なる不安、資源、地理条件、統治者の性格を持つ主体である。彼はその中から趙を最初の重要な相手に選び、趙の地理的条件と軍事的制約に合わせて、合従策を位置づけた。さらに、趙粛侯という意思決定者に対して、言葉、地理、兵力比較、危機感、同盟後の利益を1つの流れとして提示した。これは、古代外交であると同時に、相手を動かすための提案設計でもあった。

 張磊の投資行動も同様である。董明珠と曹徳旺は、同じ中国企業家であっても、置かれた立場が異なる。前者は家電大手のプロの経営者であり、経営支配への警戒感が強い。後者は製造業を重視する創業者であり、実体経済と長期主義への共感がカギとなる。従って、同じ高瓴資本であっても、語るべきメッセージは変わる。格力には経営自主性を尊重する長期資本として入り、福耀には製造業の高度化を支える伴走資本として入る。ここに、現代ビジネスにおける合従連衡の技術が見える。

縦横家に見る「自分を売る」技術

 この文脈で、縦横家たちの目的をどう見るかも問われる。彼らは、国を良くすることだけを目的としていたわけではない。むしろ、自分の才能を売り込み、不安定な時代のなかで地位と報酬を得る存在でもあった。「朝に田舎郎たり、暮に天子堂に登る」という言葉が示すように、彼らは安定した身分に守られた官僚ではなく、言葉と構想力によって自分の市場価値をつくる人々であった。

 この点は、現代の個人にも通じる。終身雇用が揺らぎ、会社だけに自分の価値を預けにくい時代には、個人もまた、自分の能力、経験、人脈、所属、実績を組み合わせて、自分の位置をつくる必要に迫られる。これは軽薄な自己宣伝とは違う。自分が誰に対して、どの問題を解き、どの経験を用い、どの行動を促せるのかを明確にする作業に近い。

言葉だけで相手を動かす危うさ

 ここで注意したいのは、縦横家の価値観をそのまま肯定しないことである。縦横家は魅力的である一方、しばしば自分の利益を優先し、国家や社会の安定を二次的に扱う存在でもあった。「蘇秦善説而亡国」という見方が示すように、説得がうまいことと、社会にとって望ましい結果を生むことは同じではない。従って、現代において合従連衡を学ぶ際には、説得術だけを切り出すと危うい。誰を動かすのか、何のために動かすのか、その結果として何が生じ、自分だけではなく関係者全体にどのような影響が生まれるのかまで見なければならない。

 この点は、現代ビジネスにも通じる。提携や資本参加は、バックミラーで観測した際は結果論的な、きれいな言葉で語られやすい。長期投資、共創、伴走、産業支援、成長支援といった言葉は、相手に安心感を与える。しかし、その言葉が実際の行動、契約、ガバナンス、資金の性質、出口戦略と一致していなければ、単なる説得の道具に終わる。合従連衡が有効であるほど、その反面として、言葉だけで相手を動かす危うさもある。

 だからこそ、現代の資本提携では、相手の言葉だけでなく、その背後にある条件を読む必要がある。誰が資金を出しているのか。どのくらいの期間で回収しようとしているのか。経営にどこまで関与するのか。既存株主や従業員にどのような影響があるのか。提携後に、誰の自由度が増し、誰の選択肢が狭まるのか。こうした点を見なければ、合従は容易に連衡へ転じる。

古典は現代ビジネスを読む分析道具となる

 ここまで扱ってきた4つの故事を並べると、その流れは見えやすい。「画蛇添足」は、ブランド拡張と自己表現の限界を考える素材となる。「焚券市義」は、公益、信用形成、短期利益と長期信用の交換を考える素材となる。「狐假虎威」は、権威と実力、組織と個人の関係を考える素材となる。そして「合従連衡」は、競争環境における同盟、説得、資本提携を考える素材となる。

 こうして見ると、『戦国策』は単なる故事成語集ではない。現代の企業行動、資本提携、ブランド形成、組織論、個人のキャリア形成を考えるための事例集として読み直すことができる。もちろん、二千年以上前の政治技術をそのまま現代社会に適用することはできない。しかし、古典のなかにある行動の型を、現代の理論や事例と照らし合わせることで、ビジネスの判断を少し立体的に見ることができる。

 「合従連衡」が示すのは、強い者にただ従うことでも、弱い者同士が感情的に結束することでもない。自分と相手の資源を見極め、共通の脅威や利益を発見し、相手が動ける理由を言葉にし、行動に移すための構図をつくることである。蘇秦は、趙粛侯の不安を読み、六国同盟という大きな構図を提示した。張磊は、董明珠と曹徳旺の懸念を読み、長期資本としての自分を位置づけた。いずれも、相手の制約条件を読む力があった。

 現代の個人にとっても、この視点は無縁ではない。社会に出るとは、単に就職することではなく、複数の組織、資源、利害、評価軸のなかで、自分の位置をつくることである。ヒト・モノ・カネを経営の視点で考えるとは、何を持っているかだけではなく、誰と組み、何を借り、何を差し出し、どのような信用に変えるかを考えることである。

 「合従連衡」は、古代中国の外交術であると同時に、現代の企業と個人が不安定な時代を渡るための配置の技術でもある。誰に語るのか。何を語るのか。語った後に相手にどう動いてもらうのか。この3点を外さない限り、古い故事は、現代中国ビジネスを読むための静かな分析道具となり得る。

(了)


<プロフィール>
青山英明
(あおやま・ひであき)
一帯一路日本研究センター研究員、南京大学博士課程在学中。南京大学「一帯一路」研究院首席専門家・于文傑に師事し、地政学的ロジックを一次史料に基づく解析で、海のシルクロードと「一帯一路」構想の構造的共通項が、現代の意思決定に与える示唆を研究テーマとする。
実務面では、2007年より香港、蘇州、上海、北京の主要4都市に12年間駐在。証券・PEファンドの立場から、中国経済の変遷と資本論理を現場レベルで一貫して経験した。現在、北京語言大学の非常勤講師として「日中間のビジネス事情」を担当。同時に、中国企業の日本パートナーとして隔月での現地往来を継続しており、企業のハンズオン支援やスタートアップ投資を通じて、現地の最新の意思決定プロセスに直接関与している。

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