“歓口”が観光の入り口
博多の街を歩いて目につく行列は、ラーメン屋とパン店。列をかすめて通り過ぎざま、かまびすしく聞こえてくるのは韓国語や中国語──九州のインバウンド比率では彼らが圧倒的に多い──欧米系やエスニック系の人たちもたまにいる。もちろん日本人も並ぶ。そのほとんどが、SNSで得た観光バズリ情報に煽られ、入店まで覚悟の長い待機だ。
観光行動における食事は、もはや空腹を満たす食物を指さない。カロリーや栄養の補給ではない。供する側も、供される側も、イベントとしてのラーメンであり、うどんであり、パンなのである。祝祭舞台としてカウンター席があり、自己表現として立ち食いがある。自身が発信するSNSニュースネタとして麺がうねり、パンが香る。
したパンもついトレーに乗せてしまう
明太フランスはおいしい。2002年ごろに福岡で発祥とされる逸品。バゲットに今や各店が独自に調合した明太子スプレッドを挟み、ハード系パンの歯ごたえで食す者をまず迎え、続いて柔らかな内側で明太子の塩っ気を添える。それまでは酒の肴、白飯のお供的な位置に落着していた明太子に、格別のバリエーションを与えた。近年、大ブレイクの明太フランスによって、全国のパン好きが九州・福岡の有名店へ引き寄せられ、棚に並ぶほかのさまざまにデコラティブで思わせぶりなネーミングのパンへも、トングをもつ手を伸ばす。地方発送も可能な今日だが、旅の高揚感と数百円のパン単価、そして入店までに待たされた時間の長さが、客のトレーを山盛りにさせる。
パン・キングダム九州
熱望したパンをゲットした至福感は、その製法や原材料の生産地へ、次なる関心を向けさせるだろうか。残念ながら、購入したばかりのパンに食らいつく客を見る限り、その食感、その食味への礼讃は、ほっぺの内側で完結しているようだ。
小麦の一大生産地となっているのが、筑紫平野(筑後平野と佐賀平野)だ。麦生産量では福岡県は全国第2位、佐賀県は第3位を誇る。温暖な気候が品質の高い小麦を育て、「チクゴイズミ」をはじめとする中力小麦が、うどんやラーメン、そうめんの原料に用いられる。“麺王国・九州”を支える底力であり、麦生産量圧倒的首位の“食の王国・北海道”に肘鉄くらい喰らわしてよい。
そしてパン。近年ではパンに適した小麦「はる風ふわり」「ミナミノカオリ」などの新品種が、佐賀県を中心に大手メーカーで採用されるようになったらしく、九州は“パン・キングダム”を名乗れるだけの地歩を固めてきた。パン好きの筆者からすれば、今後一層の国力増強に向け、明太フランスに比肩あるいは凌駕するパンを出現させてほしい。九州の小麦が製菓用薄力粉として、スイーツ業界を席巻した生ドーナツを下支えしていたやもしれないのだし。
地理的表示と味の景勝地
稲穂に向けて、田起こし、代掻きと風景を変える
優れた生産能力をもつ農地をコンバインだけが往来するのではなく、パン好き、スイーツ好き、ラーメン好きが期待をたぎらせ、集う場所にできないだろうか。生産拠点としての平野の広がりは、観光交流資源にならないだろうか。
食品の世界的認定において、たしかさを誇るのが地理的表示(GI:Geographical Indication)保護制度だ。このGIに八女茶の「八女伝統本玉露」が、2015年に認定されている。日本食の海外進出に農水省が力を入れ始め、和牛や日本酒に負けず劣らず日本茶も大健闘というわけで、とくに人気を博す“MATCHA”は国内の茶葉加工比率に影響をおよぼすほどだという。
GIとは、その地域ならではの気候、風土、伝統といった特性(フランスでは「テロワール/Terroir」と称す)と結びついた品質や評価をもつ農林水産物、食品、酒類を、国の知的財産として保護・登録する制度だ。ブランド価値の保護と消費者の信頼向上を目的とし、生産地、生産プロセスなどに高い地域密着度が求められ、審査も厳格。我が国のGIは、EUの原産地呼称保護(PDO)と地理的表示(PGI)の2つを下敷きとしている。これらは、筆者がときおり触れる「味の景勝地/SRG」と親和性が高く、フランスのGI登録地はツーリズム施策とうまく絡め、地域経済に貢献している。福岡県の八女も茶摘みや茶葉の手揉み、おいしい茶の淹れ方といった体験、宿泊機能などを整備し、インバウンド対応に積極的とうかがえる。
さて、筑紫平野はどうか?農家が副収益源として稲作後の田んぼの“裏作”を奨励してきた、“米麦二毛作”の歴史がある。地域振興策へも、多様性をこなす素地がありそうに思える。味の景勝地の発祥国フランスでは、ワインやチーズなど発酵食品が多くの事例で“顔”となっている。酒どころ九州は、発酵文化を有す。筑紫の酒酵母によるパン生地の発酵は、“裏”で培った複眼発想に拍車がかかり、ミルフィーユのごとく知恵の織り重なる観光コンテンツを生み出せはしまいか。また、二毛作で収穫する米粉を小麦粉にブレンドし、原産地呼称の理路を物語れば、もっちり感たっぷりで納得感ある食体験をも編み出せそうに期待する。
ビールの原料となる二条大麦の生産で、佐賀県が日本一だという。筑紫平野ブランドのクラフトビールに、エピパンや総菜系クレープを添えての乾杯は、麦畑を一層盛り上げる。
<プロフィール>
國谷恵太(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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