障害福祉「参入障壁ゼロ」の代償 公費保証と無資格が生む悲劇

「1割余り」という監査の実態

 自治体が障害福祉サービス事業所の運営を確認する「運営指導」の実施率が低迷している──。7月に入り、こうした報道が相次いだ。事業所を所管する129自治体のうち、2024年度に国の目標値(33%以上)に達したのはわずか17県市にとどまり、平均は16.3%。事業所数の多い東京都では、担当職員10人で約1万2,000施設を担当する状況にあるという。

 全国の障害福祉サービス事業所はこの5年間で約2割増加して約17万8,000施設に達した一方、24年度の不正受給額は計32億円を超えた。厚生労働省は6月、都道府県などが行う集団指導・運営指導・監査の各段階を整理したマニュアルを新たに周知したが、体制そのものの人手不足という根本問題は、マニュアルの整備だけでは埋まらない。

 6月17日に配信した「障害福祉『錬金術』の実態レポート 公費依存ビジネスに潜む多店舗展開の落とし穴」には、あるグループホーム利用者の家族からも一通の投稿が寄せられていた。「サービス管理責任者に会ったことがない」「監査はどうなっているのか」という訴えは、まさにこの「1割余り」という数字が意味する現場の実態そのものである。監査が事業所の3割にも届かないという状況は、公費による収益の確実性だけでは説明できない、この業界特有のもう一つの構造問題——「人材面の参入障壁の低さ」を裏側から照らし出している。

なぜ異業種はこの分野に集中するのか

 障害福祉サービスは指定さえ受ければ売上の約9割が公費で賄われる。しかし全国に数ある公金ビジネスの中で、なぜ不動産業や飲食業、建設業といった全くの異業種が、就労系サービスや放課後等デイサービス(以下、放デイ)にこれほど集中するのか。答えは収益構造だけでなく、現場を支える人員に高度な専門性が要求されないという、もうひとつの制度の歪みにある。監査の目が届きにくいという先の実態は、この歪みを一段と際立たせる。

 同じく公的財源で運営される介護保険制度と比べると、この非対称性は際立つ。介護保険下のヘルパーには介護職員初任者研修以上の修了が絶対条件として課され、事業所の評価も介護福祉士という国家資格の配置割合に直結する。専門教育を受けた人材の確保が、事実上の参入障壁として機能しているわけだ。

 これに対し、障害福祉サービスの就労系や放デイでは、この「資格の壁」がほとんど存在しない。就労継続支援の職業指導員や生活支援員には特段の法定資格は要求されず、放デイの児童指導員も、大学で社会福祉学を専攻していなくても「高校卒業後、児童福祉事業に2年以上(従事日数360日以上)従事した者」であれば配置できる任用資格に過ぎない。送迎ドライバーに至っては、普通自動車免許さえあれば完全に無資格・未経験での即日採用が常態化している。

 厚生労働省や自治体が問題視するフランチャイズ(FC)本部の勧誘文句に「ピアノ教室の先生でもできる」「福祉未経験でも安心のパッケージ」といった言葉が頻出するのは、決して誇大広告ではない。現行制度上、それが合法的に成立してしまう事実を巧妙に突いているためだ。

「低リスク」という思い込みが生んだ悲劇

 異業種の参入が、重度障害者向けの生活介護ではなく、就労継続支援や放デイに集中するのにも理由がある。①身体介護が不要、②事故リスクが低く見える、③支援内容をマニュアル化しやすい、という三条件が揃うことで、経営者は「専門性がなくても、物件と頭数さえ揃えれば運営できる」という錯覚を抱きやすい。

 しかし軽度の発達障害や知的障害であっても、環境変化によるパニック、突発的な自傷・他害行為、衝動的な飛び出し(離設)など、専門的なアセスメントと高度な介入を要する場面は日常的に起こり得る。マニュアル化できるという前提そのものが、専門性を軽視した経営者の願望に過ぎないケースが少なくない。

 22年12月、大阪府吹田市の放デイ「アルプスの森」(運営:合同会社ミヤビ)に通っていた13歳の男子中学生が、送迎車から降車する際に走り出して行方不明となり、後日、近くの川で遺体となって発見される事故が起きた。家族との間で「送迎は必ず2人体制」という取り決めがあったにもかかわらず、施設側は人員不足を理由に運転手1人のみで送迎を行っていた。

 その後の捜査や元職員への取材では、同施設の実質的な責任者で児発管を務めていた宇津雅美被告が、施設開設の動機について「老人は臭いから、障害者のほうがマシやから、障害者施設にした」と語っていたことも明らかになっている。同施設では別の少年への暴行も繰り返されており、宇津雅美被告は有罪判決(懲役1年2カ月、執行猶予3年)を受けた。

 事故後も、代表社員・宇津慎史被告と宇津雅美被告は運転手に隠蔽と虚偽説明を指示していたことが判明し、両被告は業務上過失致死容疑で逮捕・起訴されている。この事件は、参入障壁ゼロの制度が悪意ある事業者を呼び込み、無資格スタッフに現場を丸投げした結果、社会的弱者の命が奪われた象徴的な事例といえる。

資格者を「名義」だけ揃える手口

 完全無資格のスタッフだけで事業所を立ち上げることはできない。唯一のハードルが「サービス管理責任者(サビ管)」「児童発達支援管理責任者(児発管)」の配置義務である。この資格は年々厳格化が進み、労働市場での枯渇が深刻化している。

 この枯渇が、一部の事業者を「名義貸し」という違法行為に向かわせている。資格保有者に報酬を払って名前だけを職員名簿に登録させ、実際にはその人物が現場に一度も出勤しないまま、無資格・未経験のスタッフだけで日々の支援が回されるという構図だ。

 福岡市早良区の放デイ「くじらぐも」では、事業所指定前に退職していた児童指導員が、指定後も常勤で勤務しているかのように装った虚偽の出勤簿が作成され、約142万円の不正受給が発覚し、今年5月に指定取消となった。大阪府大東市の「すまいるぱれっと」(運営:合同会社縁)でも、児童指導員・保育士の配置が基準を継続的に下回っていたにもかかわらず、減算を免れるために利用日を改ざんし、約1,835万円を不正受給していたことが判明している。

 北九州市の放デイ運営会社でも、児発管が常勤で勤務していなかった事実を隠すため虚偽の出勤簿が作成され、今年1月に指定取消となった。愛知県のグループホーム運営法人「株式会社恵」では、食費の過大徴収に加え、職員による身体的虐待(顔を蹴る、頭を押さえつけて湯船に沈めるなど)も発覚し、全国99施設に連座制が適用される事態となった。

虐待者の内訳 出所:厚生労働省ホームページ
虐待者の内訳 出所:厚生労働省ホームページ
虐待者の内訳 出所:厚生労働省ホームページ
市区町村等職員が判断した虐待の発生要因 出所:厚生労働省ホームページ
障害者虐待の事実が認められた事業所種別 出所:厚生労働省ホームページ
障害者虐待の事実が認められた事業所種別 出所:厚生労働省ホームページ

 これらの事例に共通するのは、書類上の帳尻さえ合わせれば現場の実態は問われないという、制度の盲点への慣れきった態度である。個別支援計画の策定やアセスメントという本来最も専門性が求められるはずの工程が、こうした事業所では形骸化している。そして、その形骸化を外部から見抜くはずの運営指導が、冒頭で見た通り3割の事業所にすら届いていない。

淘汰の網の目からこぼれ落ちるもの

 国も手をこまねいているわけではない。24年度の報酬改定では、A型事業所の基本報酬を決める「スコア方式」が厳格化され、生産活動の収支で賃金を賄えない事業所への減算が強化された。放デイについても、経験年数に応じた報酬の傾斜配分が導入され、無資格・未経験者を安く使い捨てる事業所への経済的なペナルティーが強められつつある。

 しかし、こうした経済的誘導が狙い撃ちにできるのは儲からない事業所であって、現場に人がいない事業所ではない。名義貸しやサビ管の不在は、収支の数字の上では見えてこない。運営指導という「人」を見る仕組みが機能しなければ、報酬制度をいくら精緻化しても、同じ構造の穴は塞がらないままだ。

制度的な壁をどう作るか

 真に必要なのは、経済的インセンティブの操作を超えた、人材面の参入障壁の再構築である。介護保険制度がかつて辿ったように、直接支援にあたる全スタッフへの基礎的な法定研修の義務化や、国家資格の配置割合を事業所指定の必須要件に引き上げる法改正がひとつの選択肢となる。同時に、それを検証するはずの運営指導そのものの体制を、自治体任せにせず国レベルでどう支えるかも問われている。

 ただし、これは劇薬でもある。急激な資格要件の厳格化は、深刻な人材不足に苦しむ現場にさらなる負担を強い、地方で真摯に運営を続ける事業所を経営難に追い込みかねない。既存の未経験スタッフが働きながら専門性を身につけられるキャリアパス支援と、専門職への報酬の適正な引き上げを併せて設計できるかどうかが、今後の制度設計の分かれ目になる。

 「誰でもできるビジネス」という虚構の上に膨張してきた障害福祉市場は、いま量から質への転換を迫られている。冒頭の投稿に象徴されるような、書類上は存在しても現場にはいない支援者という構図に、社会がどう向き合っていくのだろうか。

【石橋雅子】

▼参考記事
障害福祉「錬金術」の実態レポート 公費依存ビジネスに潜む多店舗展開の落とし穴
福岡にはびこる障害福祉「不正受給」の底知れぬ闇

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