画家・劇団エーテル主宰 中島淳一
戦争では、ときに一つの作戦が戦局そのものを変えることがある。しかし、歴史を振り返れば、一つの作戦だけで戦争そのものを終わらせた例は決して多くない。
ウクライナのゼレンスキー大統領が承認した「40日間作戦」も、その成否を評価するには、戦場だけではなく政治、経済、そして双方の国民心理まで見なければならない。
この作戦は、従来の前線突破を目的とした大規模攻勢ではない。ロシアの軍需工場、石油施設、燃料基地、防空システム、軍港、飛行場、鉄道網など、戦争を支える「国家の血管」を狙う影響作戦として設計された。
ウクライナ保安局は100件を超える重要戦略施設や前線の多数の目標への攻撃成果を公表。ロシアの軍事・経済能力を継続的に低下させることを目的としたものであり、ゼレンスキー大統領も、この作戦はロシアに停戦を選ばせるための圧力だと説明している。
象徴的だったのは、ロシア国内深くまで飛来する長距離無人機である。かつて戦争は国境付近で戦われた。しかし現在では、モスクワ近郊もウラル地方も黒海沿岸も、絶対的な安全地帯ではなくなった。
石油精製施設が炎上し、軍需工場の操業も影響を受け、防空部隊は広大な国土全体を守らなければならなくなった。軍事的には、ロシアは首都周辺や重要拠点へ防空資源を再配置せざるを得なくなり、広い国土全体の防衛という新たな課題に直面している。
しかし、この作戦は万能ではない。むしろ、ロシア側の激しい報復を誘発した可能性も否定できない。ロシア軍は大量のドローンや弾道ミサイルによる攻撃を続け、ウクライナ各地の都市やインフラに深刻な被害を与えている。双方とも長距離攻撃能力を高めた結果、「相手の後方を絶えず攻撃し合う戦争」へと様相が変化している。
ここで忘れてはならないのは、ロシアという国家の特徴である。西側諸国では、都市が攻撃されれば政権への批判が高まりやすい。しかしロシアは歴史的に違う。
ロシア政府は、ナポレオン戦争や第2次世界大戦の記憶を「外敵から祖国を守る」という物語に結び付け、現在の戦争を正当化する国内宣伝に利用している。プーチン政権もまた、その物語を国内で強調し続けている。そのため、軍事施設への攻撃が直ちに政権崩壊へ結び付くとは考えにくい。
一方で、ロシアも決して余裕があるわけではない。長期化する戦争は財政を圧迫し、人員確保や兵器生産、防空体制の維持にも大きな負担を与えている。2026年夏の攻勢でも、ロシア軍の前進は限定的で、高いコストに見合う成果を得られていないとの分析もある。
つまり現在の戦争は、「勝てないが負けない」という奇妙な均衡に入っている。
ウクライナは領土を完全には奪還できない。ロシアもウクライナ全土を制圧できない。双方とも決定打を欠いたまま、ドローン、ミサイル、電子戦、情報戦を組み合わせた消耗戦を続けている。
そして、この戦争で最も劇的に変わったのは、戦争そのものの姿である。比較的低コストの無人機が、高額な兵器や重要施設に大きな損害を与える事例が相次いでいる。無人機は衛星測位や自律航法などを利用し、遠距離の目標を攻撃できる。
戦車や航空機に加え、無人機、ソフトウェア、AI、電子戦、通信技術の重要性が急速に高まっている。戦争は「兵士の数」を競う時代から、「技術と情報」を競う時代へ変わったのである。
では、この40日間作戦は成功だったのか。「部分的成功」と見るのが最も現実的であろう。ロシアの軍事・経済基盤へ継続的な圧力を加え、防空資源や兵站への負担を増大させたという点では、一定の成果があったと考えられる。一方で、それだけでロシアを直ちに停戦へ導く決定打にはなっていない。
歴史は、一つの作戦だけで終わるほど単純ではない。勝敗を決めるのは、一度の攻撃ではなく、経済力、兵器生産力、外交、国際支援、そして国民がどこまで戦争を耐え抜けるかという総合力である。ウクライナの40日間作戦は、戦争を終わらせる「最後の一撃」ではなかった。しかし、それは21世紀の戦争がどこへ向かうのかを世界に示した、新しい戦い方の象徴だったのである。









