夏に咲く花(3) オオキツネノカミソリ

 8月18日(火) ナツエビネ鑑賞の後、林道での休憩を終え、矢筈峠(903m)から登山口へ向かって下山した。

 矢筈峠は脊振山〜金山の縦走路と椎原登山口の分岐になる。2008年10月〜13年11月の5年間で脊振山〜三瀬峠間に西南学院大学ワンダーフォーゲル部OB・OG、早良区役所と道標や登山地図を70本設置した。時が経ち、道標の支柱や表示板も古くなり、時々磨いている。

 矢筈峠の道標は地盤が弱いので谷方向へ傾く。山に来たついでに支柱を引き起こしている。筆者たちが道標を立てる前は手づくりの小さな道標が草に覆われていた。登山者も少ないマイナールートでもあった。我々が道標を設置してから、このルートを利用し脊振山に登山する人が増えた。

 コンクリート製の法面に固定された長さ3m、幅50cmの金属製の階段を一歩ずつ慎重に降りる。ここから傾斜30度、距離50mほど砂路で荒れた登山道(ザレ場)が続く。崩れ落ちた花崗岩の砂地で拳ほどの石がたくさんあり滑りやすい。滑り防止で誰かが取り付けた30mほどの古い布製のロープを頼ることもある。

 「2人同時に握るなよ」と筆者は仲間に声をかけた。同時にロープを握ると、1人目の方向と2人目の振られる方向が違い横に振られることがある。1人が下り終え、2人目がロープを握るのが安全である。北アルプスなどの岩稜帯に取り付けられた鎖を握る時も同じである。岩場では振られて滑落の危険性もある。
 12年前の70歳(古希)の記念に槍ヶ岳〜北穂高岳〜奥穂高岳〜前穂高岳を後輩と2人で縦走した時も数ある鎖場を、後に続く後輩にOKを出して岩稜帯を通り抜けた。

 このザレ場は大雨で削られ年々変化している。ザレ場を下り終わると普通の登山道になる。この一帯は灌木が多い。春は黄色いマンサクから始まりヤブデマリ、ヤマボウシなど白い花がたくさん咲き、山野草のニリンソウやスミレ類なども数多く咲く素敵な山である。また渓谷では、小型の野鳥ミソサザイの甲高い鳴き声を耳にする。「元気ですか、元気ですか」と筆者に呼びかけているように感じる。

 車谷は脊振山直下の大小の谷から水が流れこみ、大きな渓谷となっている。渓谷沿いに登山道があり幾度か渡渉する。この渓谷は椎原川の源流でもある。

 脊振山直下の800m〜900m付近に自生する大型の山野草であるバイケイソウ(梅蕙草 旧ユリ科 有毒植物)は早めに枯れていた。例年、春は特徴のある大きな縦筋の葉を輝かせ、6月ごろに大きく伸びた茎に花が咲く(うすい草色で梅の花に似ている)。

オオキツネノカミソリ
オオキツネノカミソリ

 我々が取り付けたマンサク谷のレスキューポイントから50m下るとオレンジ色の大きな花が見え始めた。会いたかったオオキツネノカミソリである。

 オオキツネノカミソリは登山道の両斜面にたくさんの花を咲かせていた。「ここにも咲いとうバイ、すごか!」我々は感動の声を上げる。

 20年前は数が少なかった。ここのオオキツネノカミソリは少しずつ四方へ生息域を広げ谷全体に広がったのである。その数は糸島の水無渓谷にも劣らぬ数となっていた。筆者たちは写真を撮りつつ下山する。辺り一面のお花畑のなかを歩いているようだった。

 筆者たちは花に元気をもらい下山を続けた。登山口近くになっても1輪、2輪と花を見ることができた。

 筆者はオオキツネノカミソリがどうやって数を増やしているのか不思議に思っていた。
 AIで調べると種子と球根の分球の2つの方法で個体数を増やしているとある。

車谷のオオキツネノカミソリ 脊振山直下 標高800m付近の登山道にて
車谷のオオキツネノカミソリ
脊振山直下 標高800m付近の登山道にて

 ヒガンバナ科であるがヒガンバナには種子ができないが、オオキツネノカミソリは結実する。落ちた大きな種子が自力で転がるか、雨で沢の斜面に流れ下り分布を広げるとあった。球根も雨に洗われ登山道に転がっているのを見る。有毒なので小鳥は食べないようだ。

 これで謎は解けた。自力で分布を広げていたのだ。筆者たちを含め自然愛好家が登山道を保護してきた努力が報われたのである。今年、車谷のオオキツネノカミソリは最高のお花畑となっていた。
 見事だった!

斜面一面に咲いた車谷のオオキツネノカミソリ 標高750m付近
斜面一面に咲いた車谷のオオキツネノカミソリ
標高750m付近

オオキツネノカミソリ(大狐の剃刀 ヒガンバナ科)について

 名前の由来は長細い葉が昔の剃刀に似ているからとある。早春に葉を出し5月ごろから枯れ始め、開花準備をする。開花時に葉はまったくない、茎だけ伸ばし開花する。

 オオキツネノカミソリは橙色の花を咲かせ結実する。ヒガンバナに似ているがヒガンバナは結実しない。

 脊振山系のオオキツネノカミソリは井原山(982m)の直下の水無渓谷周辺がよく知られている。水無鍾乳洞の入り口の標高500m〜 700mあたりの井原山の登山道の両脇、距離にして700mに自生している。また第二鍾乳洞の斜面にも多く咲いている。

渓谷沿いのお花畑を行く仲間たち 標高600m付近
渓谷沿いのお花畑を行く仲間たち
標高600m付近

 水無渓谷のオオキツネノカミソリの群生は西日本最大規模とされている。7月中旬から咲き始め、8月初旬に最盛期を迎える。この時期、福岡県方面や佐賀県方面、他県からもたくさんの人たちが訪れている(井原山はいろいろな登山ルートがある)。水無鍾乳洞から山の斜面や登山道一帯は橙色の花畑となっている。

 筆者は新緑の頃(3月〜4月)、葉が枯れるころ(5月初旬)、花の咲き始め(7月中旬)、満開時(8月初め)など、天気の良い日、雨の日にも何度も撮影に来た。家内と来たこともある。

 群生地の立札も立っているが、年々、群生地は変化している。イノシシによる被害もある(雨上がりは根の周りを掘りミミズを食べにきている)。見事な群生地だった地は繁殖力の強い笹類やシダ類に覆われてきている。
 自然の輪廻である。オオキツネノカミソリを守る会の方たちが毎年整備している。この方たちの努力により、登山道は整備され球根の盗掘は見られないようになった。

 水無鍾乳洞まで林道を利用できるので車で鑑賞に来る人が多い。水無鍾乳洞前にアスファルトで整備された無料駐車場がある。立派な水洗トイレも設置されている(女性用、男性用)。キトク橋から水無鍾乳洞までの林道の崩落工事も終わり、今は通行できる。

 一方、脊振山直下の車谷登山道にもオオキツネノカミソリがたくさん咲く。水無渓谷の開花から一月遅れの8月のお盆ごろ。筆者は静かな谷に咲く車谷のオオキツネノカミソリが好きだ。椎原バス停から林道を50分近く歩くと車谷登山口に着き、そこから脊振山への登山道(車谷)を矢筈峠に向かって1時間30分歩くとオオキツネノカミソリの咲く場所に着く。

 また、脊振山自衛隊基地横の無料駐車場に停め、矢筈峠まで縦走し、谷を下ると体力を消耗しない。水平移動なので楽だ。筆者たちを含めこのルートを利用する愛好家も多い。脊振山の無料駐車場は福岡県、佐賀県両方面からの道路を利用でき便利な地でもある。水洗トイレもあり(古いが男女別、冬季は閉鎖)、真下のグラウンドはオートキャンプ場になっている。

脊振山直下 900m付近に咲くバイケイソウ(梅蕙草 有毒植物) 春は縦筋の若葉が美しい 2015年6月 撮影
脊振山直下 900m付近に咲くバイケイソウ(梅蕙草 有毒植物)
春は縦筋の若葉が美しい
2015年6月 撮影

 希少植物のオニコナスビ(鬼小茄子)の咲く7月20日ごろは、この花を求めて車谷には多くの登山者が鑑賞にやってくる。オニコナスビの時期を過ぎると登山者は少なくなる。

 車谷のオオキツネノカミソリの存在は水無渓谷に比べ、あまり知られていないようで鑑賞者は少ない。わざわざ山道を登る必要があるからだ。

 脊振山系で7月中旬から水無渓谷、8月中旬に車谷での開花と2度もオオキツネノカミソリに会うことができるのだ。脊振山系では、数は少ないがほかの所でも自生している。

こんな花との出会いもありました 脊振山の石灯籠で青空に映えるコオニユリ(ユリ科) 小ぶりなユリです 撮影 2026年7月28日
こんな花との出会いもありました
脊振山の石灯籠で青空に映えるコオニユリ(ユリ科)
小ぶりなユリです
撮影 2026年7月28日

脊振の自然を愛する会
代表 池田友行

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