2024年11月26日( 火 )

「神の視点」に立って新聞を読む?(2)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

(株)報道イノベーション研究所 代表取締役 松林 薫 氏

大事なのは「情報を確実に読み解けるかどうか」

 ―― 『新聞の正しい読み方』(NTT出版)を3月に著されました。この本を書いた動機、思いなどを教えていただけますか。

 松林 動機はいくつかあります。しかし、一番大きな動機は、マスコミ関係者など、いわば情報のプロには常識の部類に入るのに、一般読者の多くの方には今まであまり意識されてこなかった「新聞の読み方」をお伝えしたいと思ったことです。今、新聞などのマスメディアに対する不信が高まっています。多くの方から、「マスコミ(マスメディア)は偏向している」とか「世論操作しようとしている」といった怒りの声が挙がっています。私は自分自身が、かつては同じ気持ちを抱いていたので、そのことはよく理解できます。

 しかし、一方で自分がプロ(記者)として新聞、報道に携わってみると、新聞記者はもちろんですが、そればかりでなく、新聞を職業上の必要性から読む、政治家、官僚、企業のトップなどのほとんどが、必ずしもそのような読み方をしていないことに気づかされました。それはよく考えてみれば当たり前のことだったのです。

 例えば、中国の国営通信社である「新華社」から配信されるニュースや中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』を、「偏向している」とか「当局の意見を垂れ流している」などという理由で読まない中国の学者、官僚、企業トップはいないでしょう。さらに言えば、日本人を含めて海外の外国人読者はその中から、確実に有用な情報を獲得しています。

 大事なのは、あるニュースを読んで、「情報を確実に読み解けるかどうか」なのです。例えば、書かれていた表現が、前と微妙に変わった場合「それはどういうことを意味するのか」とか「当局がこのような表現をする場合は、裏に別の意味を含んでいる」などと考えながら読まないといけないわけです。極論すれば、日本の新聞においても同じようなことが言えるのではないかと思います。

一度括弧で括って、本当の真実はどこにあるのか

20160411_005 直接的に新聞などマスメディアを批判する。そのジャーナリズム精神をただすことは、日本における新聞を含めたマスメディアの健全な未来に必要なので、私は全く否定しません。

 しかし一方で、そこだけに留まらずに、もう1つプラスアルファの読み方を知っていただきたかったのです。特に、新聞から情報を入手して、自分のビジネスの意思決定に役立たせたいと思われている方には、この点はとても重要です。

 例えば、あるニュースを朝日新聞は「賛成」の論調で書いているが、同じ内容のニュースを産経新聞は「反対」の論調で書いているとします。その場合、それぞれの新聞の政治的な立場は「一度括弧で括って」、では本当の真実はどこにあるのかを冷静に探っていくわけです。新聞の立場と同様に、読者の皆さんにもそれぞれ政治的な好き嫌いはあると思います。しかし、情報は情報として正しく分析できないと使うことができません。これがプロの読み方です。このことを、多くの読者の皆さんにお伝えしたかったのです。そういう方向で読んでみると、どの新聞も結構、知的で面白いものです。

日本では、メディアリテラシー教育が充分でない

 ―― なるほど、冷静に「一度括弧で括って」ですか。ところで、新聞をこよなく愛し、新聞の申し子のような松林さんが新聞社を辞めて、新たに報道イノベーション研究所を設立されました。その目的は何ですか。

 松林 報道イノベーション研究所を設立した目的は大きく分けて3つあります。1つ目は、今回の著書の内容とも深く関係しますが、「メディアリテラシー教育」の必要性を感じたからです。

 最終的な到達目標は、日本におけるメディア報道の質を上げることです。その場合、真っ先に必要なのは、言うまでもなく、新聞業界始め、発信メディア側の努力です。読者の不信を招いてきた慣行を改め、信頼され、支持される報道の在り方を模索しなければなりません、そして、私自身の反省を含めて、その努力が充分でなかったことも紛れもない事実です。

 しかし、一方でメディアと民主主義の再興のもう1つの条件は、私たち情報の受け手の側にあるのではないかと考えています。よく言われることですが「国民のレベル以上の政治家は生まれない」ことを私も実感しています。同様に、供給者としてのメディアの質だけが、消費者である国民の情報リテラシーと無関係に向上していくことはありません。

 もし読者が「質の良い記事」と「質の悪い記事」を見分けられないのであれば、記者や新聞社は手間やコストをかけて記事の質をあげるインセンティブを失ってしまいます。そうなると、読者の感情に訴えるような報道ばかりが増え、民主主義の危機は深まるばかりです。

新聞ニュースを多言語に機械翻訳して海外に発信

 2番目の目的は新聞などのメディア、すなわち発信側に関する点です。ネットに限らずIT全般に関して言えることですが、紙のメディアである新聞は、必ずしもその技術の変化に充分ついていけていません。これは私が15年間新聞社にいて痛感していたことです。

 そこで、私は現在のIT環境にあった、新しい報道のあるべき姿、取材のやり方から原稿作成までを研究していきたいと考えております。具体的な例を挙げますと、設立からここ1年は、新聞ニュースを多言語に機械翻訳して海外に発信する試み、実証実験をしてきました。この点に関しては、現在、「機械翻訳の質はどうなのか」、「海外で日本発ニュースを読むニーズがあるのか」などを今検証している最中です。近い将来には、商業ベースに乗るようなスキームを構築していきたいと考えております。

(つづく)

<プロフィール>
松林 薫 氏松林薫(まつばやし・かおる)
1973年、広島市生まれ。修道高校卒。京都大学経済学部、同修士課程を修了、1999年に日本経済新聞社入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当。経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。2014年10月に退社、11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立、代表取締役に就任。著書として『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、共著として『けいざい心理学!』、『環境技術で世界に挑む』、『アベノミクスを考える』(電子書籍)(以上、日本経済新聞社)など多数。

 
(1)
(3)

関連記事