2024年11月22日( 金 )

ゴングが鳴る前に自民党改憲草案を読む!(3)

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法学館憲法研究所所長・弁護士 伊藤 真 氏

具体的に議論するのが憲法改正論議の作法

 ――前回、改憲論議をする際に陥ってはいけない3つの罠について教えて頂きました。ところで、どうしてそのような罠に私たちは陥りやすいのでしょうか。

kokkai3min 伊藤 それは憲法改正を抽象的に考えてしまう傾向があるからです。「私は何となくこんな憲法がいい」とか「いや、僕はこんな憲法にしたい」などと、サロン談義、床屋談義のように理想の憲法を語ることを否定はしません。しかし、現実の改憲論議は実際にある、条文の文言に基づいて、具体的に議論しないと全く意味がありません。自民党が改憲草案を出してくれたので、現行憲法と比較して具体的な議論が可能になりました。

 私は戦後の歴史の中で、国民が初めて憲法に真摯に向かい合い、自立・自律して憲法を考えるビッグチャンスが到来したと考えています。たとえば、「どうしても、この条文を変えないと、にっちもさっちもいかない」と言うのであれば、なぜなのかという具体的理由、問題となる具体的な文言を特定して、一字一句を吟味しながら、議論するのが「憲法改正論議の作法」だからです。

 この観点から申し上げれば、よく挙がる「環境権」や「緊急権」などは憲法に加える必要性は全くありません。その理由は、今現在すでに、法律で保障されており、その対応についても十全に整理、整備できているからです。

どんな素材でできているのか、その大きさは

 自民党は「改憲草案」というボールを国民に投げました。野球に例えるならば、後はバッターボックスに立った、国民一人ひとりが、打ち返すだけになっています。しかし、ここで問題なのは、多くの国民は70年間、一度も試合に出たこともなければ、打撃練習さえしてこなかったことです。

 そこで、私は『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』を緊急出版し、先ずは、自民党から投げられたボールは、どんな素材でできているのか、大きさはどのくらいなのか、投げられた球種は直球なのかフォークなのか、さらにはストライクなのかボールなのか、などをお伝えしなければならないと思ったのです。打ち返すのは、国民一人ひとりですが、すぐには「ホームラン」はおろかヒットさえ打つのも難しいと思います。しかし、打撃練習をする時間はまだ十分にあります。

現行の日本国憲法の考え方とは180度違う

 ――なるほど、70年間バッターボックスに立っていないので、しっかり練習をしないと三振してしまいそうです。ところで、今回の投げられたボール(「改憲草案」)は一言で言うと、どんなボールなのですか。

 伊藤 一言で言えば、「現行憲法」と「自民党の改憲草案」は考え方が180度違います。
現行憲法は「国民一人ひとりの幸せのために国家があります」という考え方です。一方、自民党の改憲草案は「国家のために個人(国民一人ひとり)は犠牲になりましょう」という考え方をしています。
これは、「個人主義」(現行憲法)から、戦前の「全体主義」(改憲草案)への転換を意味しています。これは、改正というより、「新憲法制定」と言ってもおかしくないぐらいの大転換です。この考え方は、全体を通じて条文に色濃く反映されています。

人類の叡智である近代立憲主義を放棄した

 ――「個人主義」から戦前と同じ「全体主義」に大転換ですか。具体的に条文に基づいて教えて頂けますか。

 伊藤 問題点は多岐にわたりますので、全部を指摘すると莫大な量になってしまいます。そこでここでは、国民に直接的に大きな影響をおよぼしそうな改憲内容3つと、新規で追加される「緊急権」についてご説明します。

 1つ目は、「前文」です。前文はほぼ全面的に書き換えられました。ここでは、何のために憲法を作るか(憲法の目的)が書かれています。

(第4段落)我々は、自由と規律を重んじ、・・・・・活力ある経済活動を通じて国を成長させる。

(第5段落)日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く、子孫に継承するため、・・・・・制定する。

【自民党憲法改正草案(前文)より抜粋】


 現行憲法は、「国民一人一人の自由や平和を守り幸せを実現する」ことを目的としています。しかし、改憲草案では、その目的は、「国家の継承や経済活動を通じて国を成長させる」ことなどに変わりました。この「国家のために国民がいる」という考え方は、人類の叡智である近代立憲主義の放棄や冒涜に値する先進国には例がない日本独自のものです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
itou_s伊藤 真氏(いとう・まこと)
弁護士(日弁連憲法問題対策本部副本部長)
1958年生まれ。1981年司法試験合格。1995年「伊藤真の司法試験塾」(現「伊藤塾」)を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。法学館憲法研究所所長。立憲主義の破壊に反対する『国民安保法制懇』の設立(2014年)メンバー。
著書として、『憲法の力』(集英社新書)、『憲法問題 なぜいま改憲なのか』(PHP新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『けんぽうのえほん あなたこそたからもの』、『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』(ともに大月書店)など多数。

 
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