逮捕された朴槿恵大統領 日本人の対韓認識の転換点
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韓国の朴槿恵前大統領が逮捕された。この国を1980年代から観察して来た者として、一つの転換点に来たという思いを禁じ得ない。彼女の父親と母親に強い関心があった。本人とも個人的に食事をしたことがある。自伝『絶望は私を鍛え、希望は私を動かす』のタイトルが痛々しい。元側近を自称する元KBS東京特派員(元国会議員)の著書『傲慢と無能』(ハングル)は、ご本人に返送したいくらい酷い内容だ。昨年末、大統領の醜聞が明らかになってから、訪韓した。国立墓地を訪ねた。少なからぬ韓国人に会った。「わが国は日本軍と銃弾も交えずに、解放された国ですからね」。自嘲的に語った知人の言葉が、忘れられない。朝鮮日報の元主筆(元東京特派員)は、韓国歴代の大統領の末路を書き並べたコラムを書いた。その無念は、いかばかりであろうか。
「権力は刀だ。権力が大きいほど、刀は鋭くなる。少しの動きでも、人を大きく傷つける。だから、大きな権力を持つ人を人びとは恐れるが、その大きな権勢を最も恐れなければならない人は、権力を持つ本人だ」
これは、1990年9月2日の彼女の日記だ。「自伝」(日本語版123ページ)に載っている。確かに「権力は刀」である。韓国大統領という圧倒的な権力を手にした彼女は、その刀によって自らを傷つけ、大韓民国とその国民を傷つけた。韓国の「中興の祖」である父親の威信をも傷つけた、と言ってよいだろう。
だから、韓国大統領の彼女に対する同情は、一片も持たない。何度も言うように、今回の醜聞が発覚した時、彼女が記者会見の席に現れて、「国民の皆様、申し訳ありません」と言った時、すでに権力者として勝負は終っていたのだ。その後、いくら彼女が強がりを言い、抗弁しても、外国人である私を含めて、聞く耳を持った人は少ない。
歴代の韓国大統領の「転落」の背景として、最近は、韓国社会の「家族主義」「縁故主義」が指摘されるのが、通例だ。そうだろう。韓国が抱える問題は政治学の問題というより、民族学(ないし民俗学)の問題だ。韓民族の原理的な疾患が病巣にあると考えるしか、民主化以降も相次いで来た歴代大統領の失態を、理解する方法論はなさそうだ。そういった意味で、日本人の対韓認識は大きな転換点を迎えた。つい先日まで「大統領側近」を自称していたKBS出身の元国会議員は、手のひらを返すように「傲慢と無能」と題する本を書いて、パク・クネ弾劾の砲列に加わった。いかにも韓国政治的な光景、というよりも、この元ジャーナリストなる女性の変わり身の早さを感じ得ない。『日本はない』というベストセラーを書いたことで、韓国では有名になった彼女だが、薄っぺらな観察眼しかないことは、本を読んでみた私には明らかである。彼女のような取り巻きが、韓国初の女性大統領の周辺に、数多くいたという証左でもあろう。
朝鮮日報顧問の姜天錫氏(元主筆)が、久しぶりに書いたコラムを読んだ。
「韓国大統領は危険な職業だ」という書き出しだ。「1980年以降大統領の座に就いた7人の運命を思い浮かべると、目まいがする。2人は監獄へ行った。1人は捜査を受ける過程で自ら命を絶った」とある。
彼に改めて書いてもらわなくても、韓国民だけでなく、日本国民も先刻承知の事実であるのが、情けない。姜氏は、東京特派員当時からの知り合いだ。「本の虫」というあだ名があるほど、たいへんな読書家であり、神田の古書街の常連でもあった。そのせいか、彼の日本観察はロングレンジであり、日本社会の深層分析にたけていた、と評価する。
そのようなベテラン記者が書いたコラムとしては、実は毒がない。韓国大統領に対する罵倒の声は、韓国の内外に満ち満ちているからだ。人事異動の季節である。東京特派員として、独特の感性を発揮していたハンギョレ新聞の特派員も、3年半の務めを終えて、ソウルに帰るようだ。最後のコラムは、以下のような文章で締めくくられている。
「韓日間の不和はすでに構造化の段階に入り込んだのかもしれない。過去の歴史はわきに置き、安保協力を強化しようという日本と、これに同意できない韓国の間の軋轢は長期化するだろう。慰安婦問題などを媒介に最近4~5年間に拡大した韓日軋轢は、もしかしたら今後迫りくる巨大な破局の入り口に過ぎないのかもしれないとまで思う。そうした意味で、3年半にかけた私の特派員生活も結局はすさまじい失敗だったという結論を下すほかはない」
これを読んだ私が、ソウル特派員経験者として感じるのは、彼の目には「ソウルと東京」以外の視点はないのだろうか、という疑問だ。3年半という期間は決して長い期間ではないが、その経験を絶対化している様子も気になる。しばらく休職して、東南アジアあたりから韓国の未来を考察することをお勧めする。アジアの中の日韓関係を考察するには、もっと広角的な見方が必要だからだ。改めて指摘しておこう。「パク・クネ逮捕劇」に見られた韓国の世相の軽さは、この国の民主主義の軽さを代弁していた。国民が街頭に進出して、挙げ句の果てには、死者が三人も出るという惨劇になったのを、韓国民はどう考えているのだろうか。死者が大統領支持者だったから、馬鹿な人たちだとでも思っているのだろうか。このような私の疑問に答える韓国コラムニストの文章を読みたい。
「韓国人は大騒ぎするほどには、結果を出せない」。韓国研究ではいま、もっとも優れた仕事をしている日本人研究者が、10年以上も前に書いた新書本を最近、改めて読んだ。本棚を整理していたら、彼の新書本がでてきたのだ。「あー、そういうことは先刻承知で、いまも韓国観察を続けているのだ」ということが分かり、彼に対する評価はさらにアップした。
私の韓国観察は1975年の訪韓以来、40年以上になる。初訪韓の時の大統領は、朴正煕だった。日本語のできるおじいさんから「日本の新聞は朴大統領の悪口ばかり書いているが、韓国はあの人のおかげで飯が食える国家になったのだ」と説教された。そのことを鮮明に覚えている。朴正煕の奥さんは、北朝鮮に使嗾された在日韓国人のテロリストによって殺され、彼自身も部下の銃弾に倒れた。そして、その娘は心の空白に入り込んだ似非宗教家の娘によって、自己崩壊の道をたどった。「悪魔が来たりて、笛を吹いている」に違いない。
韓国の未来は明るくない。日本人も暗い韓国を見たくはない。韓国が日本の参考になる時代は終わったのか。僕のアジア・韓国観察は、自由に飛翔し始める時期を迎えたようだ。
<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)を歴任。国民大学、檀国大学(ソウル)特別研究員。日本記者クラブ会員。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp関連記事
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