【特別寄稿】イラン戦争が映す米国秩序の崩壊 ホルムズ危機、石油、ドル、軍事技術の転換点
(一社)アジア・インスティチュート
理事長 エマニュエル・パストリッチ 氏

イランをめぐる戦争は、中東の一地域で起きている軍事衝突にとどまらない。それは、米国を中心として構築されてきた戦後の国際秩序が、制度、金融、軍事、エネルギー、情報の各領域で同時に崩れ始めていることを示す危機である。
この戦争を、ドナルド・トランプ米大統領やベンヤミン・ネタニヤフ・イスラエル首相の個人的な性格、あるいは両国の短期的な軍事判断だけで説明することはできない。もちろん、両者の政治的責任は大きい。しかし、問題はそれより深い。政府、議会、大学、研究機関、メディア、金融、市民社会といった制度そのものが劣化し、その空洞化した制度の内側に、軍需産業、金融資本、民間情報企業、デジタル技術企業が入り込み、国家の意思決定を動かすようになっている。
ホルムズ海峡を見れば、この危機がいかに世界経済の中枢に触れているかがわかる。国際エネルギー機関(IEA)によれば、ホルムズ海峡を通過する石油は日量約2,000万バレルに上り、世界の海上石油貿易の約4分の1を占める。また、カタールやUAEのLNG輸出の大部分もこの海峡を通過し、世界のLNG貿易の約2割がホルムズ海峡に依存している。
日本にとって、この海峡は遠い海ではない。日本の原油輸入は中東への依存度が極めて高く、2024年度には過去最高水準に達したとの分析もある。日本経済は、原油、LNG、ナフサ、化学原料、肥料、海上輸送、保険料に至るまで、中東の安定を前提として組み立てられている。
従って、イラン戦争はすでに日本経済に大きな影を落としつつある通り、日本にとって単なる外交ニュースではない。電気料金、ガソリン価格、物流費、食品価格、農業資材、化学製品、製造業の原価に直結する問題である。にもかかわらず、日本の議論はしばしば、「原油価格がどこまで上がるか」「米軍がどこまで介入するか」「ホルムズ海峡は再開されるか」という短期的な問いに閉じ込められている。
本当に問うべきことは、もっと大きい。なぜ、これほど重要な海峡に世界経済が依存する構造がつくられたのか。なぜ、石油とドルと米軍の組み合わせが、長く国際秩序の基礎とされてきたのか。なぜ、その仕組みがいま、これほど脆くなっているのか。
米国の制度疲労を見ない日本の分析
日本の知識人や政策担当者は、米国を分析するとき、しばしば実用的な指標に頼る。貿易額、軍事費、半導体生産、弾道ミサイルの数、原油価格、為替、株価、国債利回り。これらはもちろん重要である。だが、これらの数字だけでは、現在の米国で起きている制度的な腐敗と文明的な衰退は見えない。
日本では、米国の政治、戦略、文明の劣化を正面から語ることが、長いあいだ一種のタブーになってきた。米国は同盟国であり、自由主義陣営の中心であり、技術と金融と大学の中心である。その米国が内側から腐敗していると認めることは、日本の外交、安全保障、経済政策の前提そのものを揺るがす。だから多くの分析者は、制度の腐敗を語らずに、政策の変更や選挙情勢や市場の変動だけを語ろうとする。
しかし、いま起きていることは、一政権の異常でも、1人の大統領の逸脱でもない。米国では、外交・安全保障政策に対する民主的統制が弱まり、議会、官僚機構、大学、新聞、テレビ、司法、金融規制といった制度が、巨大資本や情報産業の影響を受けやすくなっている。国防産業は国家安全保障を支える存在であると同時に、戦争の長期化によって利益を得る存在でもある。民間情報企業は、国家のために働いているように見えながら、同時に国家を超えた独自の利害をもつ。
この構造を見ないまま、イラン戦争を「米国とイスラエル対イラン」という平面的な対立として見るならば、私たちは事態を見誤る。戦争は、国家間の対立であると同時に、国家そのものが金融、軍事、情報、技術の複合体によって内側から組み替えられていく過程でもある。
帝国の衰退という歴史的循環
現在の米国を理解するには、短期の政治分析だけでは不十分である。むしろ必要なのは、帝国の興亡という歴史的視野である。
歴史を振り返れば、共和国が拡張し、帝国化し、やがて中心部の腐敗によって自壊していく過程は珍しくない。古代ローマは、軍事的拡大と富の集中によって共和国の制度を空洞化させ、やがて皇帝と軍隊と富裕層が権力を独占する体制へと変質した。明帝国もまた、官僚制度と宮廷政治の腐敗によって柔軟性を失い、外部からの圧力と内部の不満に耐えられなくなった。漢王朝の崩壊後、中国は正統性を掲げる複数の権力が乱立する長い混乱期に入った。
米国もまた、過剰に拡張した共和国が帝国化した後にたどる典型的な軌道を進んでいる。世界中に軍事基地をもち、ドルを基軸通貨とし、国際機関を通じてルールを設定し、大学とメディアを通じて知的正統性を供給する。これが戦後の米国秩序だった。
しかし、その秩序を支える制度が劣化すれば、軍事力も金融力も逆に危機を拡大する装置になる。腐敗した中心は、自らの失敗を覆い隠すために外部の敵を必要とする。国内の格差、政治的分断、金融投機、制度不信が深まるなかで、対外戦争は国民を結束させるための手段として利用される。
イラン戦争は、その意味で、外部に向けられた戦争であると同時に、米国の内部崩壊を覆い隠す戦争でもある。問題は、米国が勝つか負けるかだけではない。米国中心の国際秩序が、この戦争を通じてさらに分裂し、複数の勢力圏へと解体していく可能性だ。
石油、ドル、経済回廊
体制の揺らぎと模索
ホルムズ海峡は、石油とガスの通り道であるだけではない。そこは、石油、ドル、軍事力が結びついた戦後世界の象徴だ。
1971年、ニクソン政権はドルと金の交換を停止した。その後、世界の石油取引がドル建てで行われることで、ドルは金に代わる裏づけを得た。産業国家はエネルギー輸入なしには機能しない。だから各国はドルを保有し、米国は世界的なドル需要を背景に、巨額の財政赤字と軍事支出を続けることができた。いわゆるペトロダラー体制である。
しかし、この体制は揺らいでいる。中国は一帯一路構想を通じて、アジア、中東、アフリカ、欧州を結ぶ物流と金融のネットワークを広げてきた。これに対抗する構想として、2023年9月のG20ニューデリー・サミットで発表されたのが「インド・中東・欧州経済回廊」(IMEC)である。これはインド、湾岸諸国、イスラエル、欧州を結ぶ新しい交易路として構想された。
このような経済回廊は、単なる道路、港湾、鉄道の話ではない。そこには、エネルギー、物流、デジタル決済、金融、データ、監視技術が結びつく。戦争によって既存の海上交通路が不安定になればなるほど、代替回廊、代替決済網、代替物流網の価値は高まる。
私は、イラン戦争をこの文脈のなかで見る必要があると考える。戦争は破壊である。しかし、同時に、ある勢力にとっては再編の機会でもある。港湾、鉄道、パイプライン、データセンター、決済システム、保険、民間軍事企業、監視技術。これらを一体化した新しい秩序が、混乱のなかでつくられようとしている。
日本は、この再編を傍観できない。日本の産業は、海上交通路、ドル決済、石油化学原料、LNG、半導体部材、食料輸入、肥料原料に依存している。ホルムズ海峡の危機は、ガソリン価格だけの問題ではない。包装材、印刷インキ、化学繊維、農業資材、食品加工、物流コスト、電力料金にまで波及する。中東危機は、スーパーの商品棚、中小企業の仕入れ、農家の肥料代、家庭の電気代に姿を変えて現れつつある。
戦争の性質を変えるドローンとAI
イラン戦争が示しているもう1つの重要な変化は、軍事技術の転換だ。
米国の軍事力は、長く空母、戦闘機、爆撃機、ミサイル防衛、衛星、精密誘導兵器を中心に構築されてきた。03年のイラク戦争では、米軍の圧倒的な情報収集能力、航空戦力、精密攻撃能力が世界に示された。そこでは、米国が戦場全体を見渡し、敵の中枢を短期間で破壊するという戦争観が前提とされていた。
しかし、現代の戦争で、その優位は揺らいでいる。安価なドローンを大量に投入し、高価な迎撃ミサイルを消耗させる。地下施設や移動式発射装置を活用し、敵の精密攻撃を回避する。中央集権的な指揮命令系統を分散させ、指導部が攻撃されても戦闘を継続できるようにする。衛星、AI、電子戦、サイバー攻撃、心理戦を組み合わせ、軍事作戦と情報操作の境界を曖昧にする。

これらの戦術は、従来型の高価な兵器体系に対して、非対称な効果を発揮する。たとえば、イランの攻撃ドローン「Shahed-136」は1機あたり数万ドル(300~800万円)と見られているが、このドローンを迎撃するために数百万ドルのミサイルが使われる。攻撃側は低コストで飽和攻撃を仕掛け、防御側は高コストの迎撃を強いられる。これが長期化すれば、軍事的な優位は兵器の性能だけではなく、生産力、補給力、分散性、社会全体の耐久力によって決まる。
高価な戦闘機、空母、ミサイル防衛システムは、軍需企業に巨額の利益をもたらす。しかし、それらが長期の消耗戦や安価な無人兵器の大量投入にどこまで耐えられるのかは、別の問題である。軍事技術は進歩しているように見えるが、その進歩が実際の戦争に適応しているとは限らない。
これは日本の防衛政策にも関わる。日本もまた、高価な防空・ミサイル防衛システム、戦闘機、艦艇を中心とする装備体系を整備している。しかし、今後の戦争が、ドローン、サイバー攻撃、電子戦、衛星妨害、情報戦、港湾・電力・通信インフラへの攻撃を組み合わせたものになるならば、「高価な装備をそろえれば安全になる」という発想は問い直されなければならない。
戦争の技術的変化は、軍事費の増額だけでは解決できない。問われているのは、国家が何を守るのか、どのような攻撃に備えるのか、そして民間インフラ、電力、通信、港湾、食料、医療を含む社会全体の耐性をどう高めるかである。
近代文明は石油を必要としてきた
この戦争の根底には、近代文明そのものの問題がある。
現代社会は、経済成長、消費拡大、グローバル貿易、大量エネルギー消費を当然視してきた。自動車、航空機、コンテナ船、冷暖房、データセンター、広告、金融取引、都市の照明、プラスチック、化学肥料。私たちの生活と経済は、目に見えないところで石油と天然ガスに深く依存している。
広告は、人々により大きな家、より多くの商品、より頻繁な旅行、より便利な生活を求めさせる。企業は成長を求め、政府は消費を求め、市場は常に拡大を求める。倹約、地域内循環、手作業、修理、再利用といった価値は、時代遅れのものと見なされる。だが、この「近代的な生活」は、安価なエネルギーと安定した国際物流があって初めて成立する。
日本はこの問題を避けて通れない。日本は資源小国であるだけでなく、食料、飼料、肥料原料、エネルギー、工業原料を海外に依存している。食料安全保障は、国内の農地面積や米の生産量だけで決まるものではない。肥料、燃料、農業機械、包装材、輸送、冷蔵、加工が止まれば、食料供給も不安定になる。
中東危機がエネルギー価格を押し上げれば、農業生産、食品加工、物流、外食産業にまで影響は広がる。肥料や燃料の価格が上がれば、農家の経営は圧迫される。包装材や輸送費が上がれば、食品メーカーや小売業のコストも上がる。電力料金が上がれば、工場、冷蔵倉庫、店舗、家庭が影響を受ける。
つまり、イラン戦争は「中東の戦争」ではない。それは、日本の経済モデルの脆弱性を照らし出す鏡だ。安いエネルギー、安い物流、安い輸入原料、安い食料を前提にした経済は、海上交通路と国際金融秩序が安定している時代にだけ成立する。その前提が崩れたとき、日本の企業と消費者は、突然コスト上昇に直面する。

気候変動、水不足、食料危機
イラン戦争を論じる際、ほとんど語られていない重大な問題がある。それは気候変動と水不足だ。
中東は石油と天然ガスの供給地であると同時に、気候変動の影響を強く受ける地域でもある。湾岸諸国の多くは淡水資源に乏しく、海水淡水化プラントに依存して都市生活を維持している。石油と天然ガスを輸出して富を得てきた国々が、その化石燃料に依存する世界経済によって、気候変動と水不足のリスクを自ら高めているという矛盾がある。
淡水化プラントは大量のエネルギーを必要とし、海洋環境にも負荷を与える。もし戦争によって発電施設、淡水化施設、送電網、港湾が損傷すれば、都市生活は短期間で深刻な危機に陥る。石油施設だけでなく、水と電力のインフラもまた、21世紀の戦争における重要な標的になり得る。
これは単なる環境論ではない。水、食料、エネルギーは、21世紀の安全保障そのものである。戦争が国家の軍隊同士の衝突にとどまらず、社会インフラ全体を標的にする時代において、気候危機と戦争リスクは分けて考えられない。
日本も同じ問題を別のかたちで抱えている。日本は中東のような水不足地域ではない。しかし、エネルギーと食料の外部依存という脆弱性を抱えている。気候変動によって世界の農産物価格が上昇し、戦争によって肥料と燃料の価格が上がり、円安によって輸入コストが膨らめば、その影響は家計と企業経営を直撃する。
メディアの議論は、しばしばホルムズ海峡をどう再開するか、原油価格をどう抑えるかに集中する。しかし本来問うべきことは、石油と天然ガスへの依存をどう減らすか、食料と肥料の国内基盤をどう回復するか、地域経済の耐性をどう高めるかである。
日本が見るべきもの
文明の前提の再検討
イラン戦争が示しているのは、中東の危機だけではない。それは、日本が当然視してきた戦後秩序、安いエネルギー、安い物流、ドル基軸、米軍の抑止力、グローバル貿易の安定が、もはや自明ではなくなったという現実である。
日本の議論は、「原油価格はいくら上がるか」「米国はどこまで介入するか」「ホルムズ海峡はいつ安定するか」という短期的な問いに集中しがちである。もちろん、それらは重要である。しかし、それだけでは不十分だ。
問うべきはもっと根本的な問題としての次の4点だ。
①米国の制度的劣化が進むなかで、日本は従来通りの対米依存を続けられるのか。
②石油とLNGの輸入に依存するエネルギー構造は、どこまで持続可能なのか。
③食料と肥料を海外に頼る農業構造は、戦争と気候危機の時代に耐えられるのか。
④高価な兵器体系を中心とした防衛政策は、ドローン、サイバー、情報戦の時代に対応できるのか。
イラン戦争を通じて明らかになっているのは、米国中心の国際秩序が単に弱まっているということではない。その秩序の内側にあった矛盾が、一気に表面化しているということだ。石油とドル、軍事力と金融、情報技術と監視、成長と環境破壊、グローバル化と食料不安。これらは別々の問題ではない。すべてが結びついている。
日本に必要なのは、単なる危機対応ではない。エネルギー、食料、物流、防衛、金融、情報を含む国家と社会の耐性を高めることである。安価な輸入に依存し、遠い海峡の安定を前提にし、米国の軍事力とドル秩序を当然視する時代は、終わりつつある。
このような意味において、ホルムズ海峡の危機は遠い海峡の問題ではない。それは、日本の生活と企業活動を支える前提が、どれほど脆弱な国際秩序の上に成り立っているかを示している。イラン戦争を理解するとは、単に中東情勢を知ることではない。私たち自身の文明の前提を問い直すことが迫られている。
<PROFILE>
エマニュエル・パストリッチ
1964年生まれ。アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身。イェール大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(比較文学比較文化専攻)、ハーバード大学博士。イリノイ大学、ジョージワシントン大学、韓国・慶熙大学などで勤務。韓国で2007年にアジア・インスティチュートを創立(現・理事長)。20年の米大統領選に無所属での立候補を宣言したほか、24年の選挙でも緑の党から立候補を試みた。23年に活動の拠点を東京に移し、アメリカ政治体制の変革や日米同盟の改革を訴えている。英語、日本語、韓国語、中国語での著書多数。『沈没してゆくアメリカ号を彼岸から見て』(論創社、25年)、『USAを盗んだ男—トランプ、そして腐敗を極める輩たち』(論創社、26年)。










