2024年11月23日( 土 )

メディアを「生態系」として捉えるネット社会(1)

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関西大学総合情報学部特任教授 松林 薫 氏

 2016年はフェイク(偽)ニュースが国際社会を大きく動かした年といわれる。米国の大統領選では「ローマ法王がトランプを支持した」といった、常識から言えばおよそありえない内容がトランプ支持者の間では検証することなく共有された。また「ワシントンのピザ店が児童買春の拠点となっており、それにヒラリー氏らが関わっている」といった捏造記事を信じた男がその店で発砲する事件まで起きた。一方、オックスフォード大学出版局は2016年を表す言葉として「POST TRUTH」(「ポスト真実」)を選んだ。客観的事実より感情的な訴えかけの方がより世論形成に大きく影響を与えるという意味である。
 これら一連のことは私たちに何を問いかけているのだろうか。話題の近刊『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)の著者、関西大学総合情報学部特任教授・(株)報道イノベーション研究所 所長の松林薫氏に聞いた。松林氏は日経新聞の記者を15年務め、現在大学ではネットジャーナリズム論を教えている。

発信側と受信側の棲み分けがはっきりしていた

 ――本日はネットニュースの正しい読み方について、いろいろと教えていただきたいと思います。今ネットニュースの信頼性が大きく揺らいでいます。先生はこの点に関してどのように思われていますか。

 松林薫(以下、松林) こうした問題を考える「ジャーナリズム論」は欧米では100年以上の歴史を持つ学問分野です。しかし、そこで論じられてきたテーマは、もっぱらジャーナリストおよび新聞社やTV局などの報道機関のあるべき姿や責任、職業倫理などについてでした。ニュースや情報を発信する側(報道機関)と受け取る側(市民)の棲み分けがはっきりしていたからです。

 今インターネットの登場によって、この棲み分けが崩壊しつつあります。それは情報の流れが一方方向から双方向へ変化したからです。市民がマスコミ情報を共有したり、論評したりすることに決定的な役割を果たすようになったのです。別の観点から言えば、従来のジャーナリズム論で論じられていたプロの責任やスキルが、受け手である市民の側にも求められるようになっています。

一般の人のコメントが記事という商品の一部に

関西大学総合情報学部特任教授 松林 薫 氏

 従来は、新聞社であれば、記者が記事を書き、それを紙に印刷し、トラックで販売店に輸送し、販売店は契約者に対してそれを配っていました。テレビも電波送信設備を持ち、各家庭に設置されたアンテナなどに向かって電波の形で情報を送り届けていました。

 ところがネット社会になってこの流れが変わりました。記者が記事を書くことまではそんなに変わっていません。しかしその先は2つの点で大きく変わりました。

 1つは「情報の作成」です。ネットで配信される記事の大半に、SNS(ソーシャルネットワークサービス)による拡張機能やレスポンス機能がついています。記事のリンクを仲間に知らせたり、感想を書きこんで記事と一緒に読んでもらったりすることが可能になっています。このことは一般的な市民の評価や意見を、他の読者が記事と同時に消費するようになったことと同じです。言い換えれば、一般の人のコメントが、記事という「商品」の一部に組み込まれたことを意味します。

面白いと思った記事・コンテンツが拡散される

 もう1つは「情報の配信」(流通)です。ネットで配信した記事がどれだけ読まれるかは、それを読んだ第一読者がどれだけSNSなどで拡散するかに左右されます。いわば、新聞配達や、電波の送信設備が果たしていた役割を、知らず知らずのうちに市民が担うようになっているのです。ネット上の報道は、多かれ少なかれSNSによる「口コミ」に依存しています。記事には必ずと言っていいほど拡散ボタンが設置されています。記事を読んだ人が、自分の知り合いやフォロワーに紹介してくれることによって、より多くの人に伝わることを狙っているわけです。つまり、ある読者が「面白い、他人に伝えたい」と思った記事・コンテンツが拡散されていくのです。日本だけでなく、世界中の読者にシェアされ、拡散されていきます。とくに、ネット専業メディアは個々の読者と契約をしているわけではありません。そこで、個人の読者から別の個人に記事を届けてもらい、どんどん拡散してもらうことがビジネスモデルとなっています。

 以上のように、ネット社会では、受け手(市民)は単なる消費者ではなく、情報の生産の一部を担い、その流通においても大きな役割を果たしているのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
松林 薫(まつばやし・かおる)
1973年広島市生まれ。京都大学経済学部、同修士課程を修了後、99年に日本経済新聞社に入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当、経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。14年10月に退社。同年11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立し、代表取締役に就任。16年4月より関西大学総合情報学部特任教授(ネットジャーナリズム論)。
著書として『新聞の正しい読み方 情報のプロはこう読んでいる!』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)。共著として『けいざい心理学!』、『環境技術で世界に挑む』、『アベノミクスを考える』(電子書籍)(以上、日本経済新聞社)など多数。

 
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