2024年08月28日( 水 )

元「鉄人」衣笠氏が斬る!~2人の決断

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 女子プロゴルフ・宮里藍選手の最終試合が近づいてきた。最後の試合は、9月14日から開催のエビアン選手権(9月14~17日、フランス・エビアンリゾートGC)に決めたようだ。

 まだ32歳である。最近のスポーツ選手を見ていると、今回の宮里選手の引退は時期としては早く、珍しいと感じている人は多いのではないだろうか。
 最近は野球選手もサッカー選手も、多くのスポーツ選手が長くプレーをすることを選択する。自分のポジションや環境が変わってでも選手の道を選ぶ風潮にあるなかで、まだ今の位置で頑張れると思われている宮里選手が突然「引退します」と聞いたときに、一番に感じたのは「昔の選手のようだな~」という印象だった。
 最高の成績を最高の舞台で残してきた選手が、その舞台で同じことができなくなれば、昔の選手はためらいなく「引退」という道を選んでいた。

 一方でもう1人、同じ年代の横峯さくら選手が、初めてアメリカでコーチについてフォームの改良に取り組んでいるというニュースを見つけた。彼女も31歳という、決して若い選手ではない。おそらく同級生だろう。
 横峯選手の場合は、どうしても「アメリカで勝ちたい」という大きな目標に向かって進みたいという道を選択したのだろう。
 横峯選手といえば、日本では23勝もしている一流選手である。その選手が、今年アメリカで15試合に出場したものの、そのうち10試合での予選落ちを経験した。そのことを受けての決断だろう。自身も気づいていた、オーバースイングができなくなったということが原因のようだが、今からフォームを改良するのは簡単ではない。ものすごい決意だと思う。

 20代の前半から後半まで、運動選手には、時には技術を超える「馬力」というものがあると思う。少々のことは、この身体の馬力で乗り越えることができた。もちろん身体の動きも応えてくれたと思うが、30代に入って少しすると、この頼りにしていた「馬力」が落ちて来るのである。もう身体から、この「馬力」が生まれ出てくることはないと思う。
 そうすると、ここで必要になるのが、30代を支える「経験」と「技術」である。これは20代のうちにしっかりと考えて競技に取り組んでいれば、自分のなかに生まれて来るものである。30代になったからといって、自分で急につくれるものではない。だから横峯選手の場合はコーチという存在に頼り、新しい技術を身につけていこうとしているのだろう。

 おそらく宮里選手も、この「馬力」の衰えというところは感じていたのではないだろうか。だから宮里選手は引退という道を選んだのだと思うが、横峯選手は挑戦という道を選んだ。この挑戦というのは、今の選手の多くが選ぶ道だと思う。

 私が現役時代には、野球でも多くの諸先輩がたが、この時期に辞められていく姿を見てきた。
 私が入団したころのプロ野球選手は、だいたい10年すれば「大ベテラン」、15年も選手をすれば満足していた時代であった。高校卒業から15年というと33~34歳くらいの年齢になり、当時はこの年代の選手はなかなか少なかったと思う。皆さん32歳ぐらいになると「野球は卒業」という顔をされて、引退していかれた先輩が多かったと記憶している。
 なぜ引退されていかれたかというと、ちょうどそのころに成績が出ない時期が来て、自分自身が耐えられなかったのか、それとも今までの成績に満足してしまったのか――ここは難しいところだが、先ほど述べた「馬力」が落ちる時期が、たしかに成績が落ちる時期と重なっている。

 私からすると、「神様」のようであり、「2度と出ない天才」とまで思えるほどの長嶋茂雄選手も、王貞治選手も、1年だけ成績で苦しんでいる時期があった。

 長島選手は1970年に打率0.269、本塁打22本だった。ただし、勝負強いところは見せており、105点を挙げて打点王は獲得している。ただ、この打率および本塁打の成績は、ご本人としては許せなかっただろうし、シーズンでも苦しまれたと思う。この前後の年が当然のように3割の打率だけに、なおさらそうではなかったかと推測する。

 王選手においても75年に打率0.285、33本塁打、96打点という数字が並んでいる。この成績は、普通の選手であれば十分満足できるのだろうが、なにせ王選手である。翌76年には3割を打ち、49本の本塁打を記録しているだけに、しんどいシーズンだったと思う。

 こうした大選手ですらこのような経験をしなくてはならないだけに、普通の選手はもっと苦しい経験をすることが多い。

 こうして書いている私自身も79年に、プロ野球に入って14年目にして初の「スランプ」を経験した。これも、身体の変化ということに気がつくまでに時間がかかった。数字だけを見るとそこまで落ち込むことはないのだが、この年は打率0.278、20本塁打、57打点だった。私なりに少し物足りなくはあったが、それよりも、練習しても練習しても結果が出ない時期を迎えて、初めて「スランプ」というものを経験した。
 だが、自分の身体の変化と、それまでの考え方、技術論、方法論が合わなくなってきていることになかなか気づけないという時期を経験したことは、後々の大きな財産になったシーズンであった。

 こうして、ゴルフ選手や野球選手だけでなく、多くのスポーツ選手が何らかの変化をこの30代に入ってからの時期に経験するのだが、そのときに出す答えはその人それぞれであり、他人がとやかく言う問題ではない。
 今回の宮里選手の決断を尊重するとともに、横峯選手の決断を見て、改めて彼女を応援したくなったことは事実である。横峯選手が来年、再来年の2年間、はたしてどのような数字を残すのか、楽しみにしたい。

2017年9月2日
衣笠 祥雄

 

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