2024年11月22日( 金 )

被害はなぜ広がったのか~予測されていた流木被害

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 家屋に突き刺さり、川岸に堆積した大量の倒木…大量の流木の破壊力がいかにすさまじかったのか、被災地では目の当たりにすることができる。では、水害時の流木リスクを抑えることはできないのか。2012年の九州北部豪雨をきっかけに流木研究に取り組む、九州大学大学院の矢野真一郎教授に話を聞いた。

21万m3の流木

九州大学大学院工学研究院 矢野 真一郎 教授

 九州北部豪雨の被害で特徴的だったのが、山肌が崩れるなどして大量に発生した流木による被害の拡大だ。荒れる水流に乗った流木は川岸を削って家屋を倒壊させ、堆積した流木は頑丈な橋まで呑み込んだ。被災地では8月になっても流木の撤去作業が続いており、平地の流木はほぼ片付いたものの、山間部に残された流木の撤去作業にはさらに時間がかかるとみられている。

 国土交通省九州地方整備局は、航空機などから撮影した写真をもとに流木発生量を調査しており、約21万m3(約17万t)の流木が発生したと発表した(7月28日)。50mプールに換算すると、およそ122杯分に相当する流木は、山林が崩落して生まれたとみられる「山林由来」のものが最も多かった。
コンクリート製の橋をなぎ倒す

 今回の豪雨で、大分県日田市では花月川にかかるJR鉄橋が流された。橋脚に上流から流されてきた流木が堆積した結果、コンクリート製の橋をなぎ倒すほどの圧力が生まれたとみられている。
 土木学会調査団の一員として現地を訪れた九州大学大学院の矢野真一郎教授は、昨年発表した論文で、花月川で流木が発生した場合にJR鉄橋の被害リスクが高まることを予測していた。論文では、上流の夕田橋の改修工事で流木が夕田橋に堆積せずに通過するようになる影響として、下流のJR鉄橋は他の橋よりリスクが2倍になるという評価結果を示していた。

 矢野教授が提唱するのは、豪雨時の河川氾濫などで生じる流木の発生量などを地形や森林の状況などから予測する、「流木発生ポテンシャル」と呼ばれる評価方法。これまで、流木が橋などに堆積するメカニズムの研究や洪水時の流木の動きなどを扱った研究はあったが、流木の発生量に焦点を当てたものはなかった。

森林の保水力を超える大量の雨

矢野教授が作成した、花月川の各橋梁の「流木発生ポテンシャル」を色分けした図

 矢野教授の専門は水工学。2012年の九州北部豪雨をきっかけに、流木リスクを評価する研究を始めた。矢野教授は、花月川の流木被害について前回と違った形態で被害が拡大したと見ている。

 「前回の豪雨被害では、橋梁に多くの流木が集積して河川が氾濫しました。今回は、谷で発生した大量の土石流が流木と一緒に下流の扇状地まで流れています」(矢野教授)。

 たしかに被災地では一時期、道路などの境界がわからなくなるほど大量の泥が堆積していた。では、これらの泥と流木を生んだ斜面の崩落は、なぜ起こったのか。よく言及されるのが、いわゆる「山林の保水力」が低下したという説だ。無計画な森林伐採や植林などによって、山林が持っている水を貯める力が失われたという考え方には説得力があるが、矢野教授は違う見方をしている。

 「今回の流木被害について、個人的には、山林の手入れが悪かったなどの『人災』という見方は当てはまらないと思います。たとえば日田市は林業が盛んで比較的手入れされている森林が多いのですが、それでも山が崩れています。多少は影響があったとしても、それより大きな原因になったのは、森林の保水力を大幅に上回る量の雨が降ったことだと思います」(同)。

 「流木発生ポテンシャル」を使って評価したのは、これまで花月川と山国川(大分県)、白川(熊本県)、球磨川(熊本県)の4つ。今年は、今回被災した筑後川の支流と福岡県の矢部川を調べる予定だという。

 評価の基準となるのは、流木の「ひっかかりやすさ」。流木の発生源(山や谷など)を評価したうえで、斜面が崩落するとどこの河川に流出するのか、斜面に生えている木の種類なども指標に加える。さらに斜面と川の距離や河川の橋の場所、河道(流れる道筋)などを評価して、最終的にどこに流木が堆積するのかを評価する。

 矢野教授によると、今回JR鉄橋が大きな被害を受けた原因が流木にあったのか、実はまだはっきりしていないという。しかし、流木被害の影響について広く注目されたことは、今後のまちづくりに影響するのではないかと期待する。

 「いくつかの自治体で、実際に流木リスクの評価をしようという動きが出ています。流木災害を正確に評価して、危険性があることを認知してもらうことは大事で、それによって自治体などが流木リスクを減らすための方策を立てれば、減災の方向につなげられると思います」(同)。

 大量に集められた流木は今後、細かくチップに砕かれた後にバイオマス発電に使われる見通しで、九州電力が受け入れを表明している。さらに、あまり水に濡れなかった木などを利用して、恒久的な仮設住宅を建設するという案も出ているという。

流木被害を越えて

 今回の流木被害が矢野教授によって予測されていたように、学究の場からの提言を生かす取り組みを進めることは、将来のリスクを低減、あるいは分散させることにつながるだろう。

 矢野教授の論文では冒頭、10年の奄美大島、11年の福島・新潟、和歌山、12年の九州北部などの例を挙げて、大規模洪水や土砂災害を引き起こした豪雨と地球温暖化の関係がある可能性を示唆している。仮に環境そのものが「異常」をきたし始めているのであれば、温室効果ガス排出量の抑制などの国や国境を越えた総力戦で、地球規模の環境改善が必要になるだろう。しかも、それは「いつか、そのうち」の遠い将来の課題ではなく、目の前に立ちはだかる「今、すぐ」取り組むべき喫緊の課題だということも忘れてはならない。

【九州北部豪雨取材班】

<プロフィール>
矢野 真一郎(やの・しんいちろう)
九州大学大学院工学研究院教授(土木学会2017年7月九州北部豪雨災害調査団幹事)
九州大学大学院工学研究科博士後期課程修了。長崎大学講師、九州大学准教授を経て2015年より現職。専門は水工学。博士(工学)/著書:『新編 水理学』(共著/理工図書)、『環境水理学』(共著/土木学会)など

 

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