2024年12月23日( 月 )

福岡のすごい人に会ってきた 数学とビールを愛して~中学男子的熱情研究(前)

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九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 准教授 千葉 逸人 氏

 知人から「九大に天才がいる」という話を聞いたのは昨年の6月ごろだったか。誰も解けなかった難問を証明した若い数学者がいるというのだ。もっとも冒頭の言葉、正確には「九大に『一風変わった』天才がいる」という、ちょっと含みをもたせたものだった。
 いわく、「凄い業績の持主だが、Twitterでの発言の5回に1回くらいがビールの話」「油断していると不意に、排泄物(社内校閲対策で熟語にしましたが、要するに肛門から排出されるひらがな3文字のアレです)に言及したツィートをぶっこんでくる」「怖い奥さんのことが良く出てくるが、あれはノロけだ」などなど。

 気になってTwitterをのぞいてみると…

 とあって、何を隠そう排泄物の話好きの自分としては「ぜひ会わねば」と確信したのです。ということで11月某日、「ビールを片手に語り合おうぜ」というオファーに乗っていただいた千葉逸人・准教授とオフ会をしてきました。

 実は千葉先生、ここ最近はメディアへの出演を断っていたとのこと。その理由は、「数学者の生態をおもしろおかしく取り上げてネタにするメディアが多い」から。「性格破綻者が多い」「机上の空論ばかりで何もできない」といった数学者に対する偏見を助長したくないということで、今回のインタビューでは極力数学に関係する以外の部分を削除しました(削るのは惜しいくらいおもしろかったのですが)。「数学者のおもしろ日常」を覗きたいかたは、ぜひ千葉先生のTwitterをチェックしてみてください。


 ――千葉先生はどれくらい凄い人なのですか?

 千葉 凄いかどうかは置いておきますが、京都大学名誉教授の蔵本由紀先生が提唱して、30年以上にわたって誰も解けなかった『蔵本予想』を数学的に証明したんです」

 ――30年間! 蔵本予想とはどんな問題なんですか?

赤道上を直角に極点に向かって歩き、極点で90度方向を変えて赤道まで歩く。あら不思議、内角の和が270度の三角形の完成

 千葉 いわゆる『同期現象』に関するものです。複数の振り子時計があって、その各々の振り子の振れ方が一致することを『同期する』と言ったりします。蔵本先生が1975年に作ったのは、この同期現象についての方程式で、これを解けば同期現象のことが良くわかるようになるんです。

 ――私にも理解できるでしょうか。

 千葉 まず円形のトラックを想像してください。そこを100名のランナーが走っているとします。もし全員がまったく知らない人同士だったら、それぞれ自分の好きなペースで走りますよね。周回遅れの人も出てくるでしょう。でも、そのうちの一部が友達同士だったとすれば、話しながら楽しく走るためにお互いがペースを合わせようとする。速い人はちょっとペースを落として、遅い人はちょっとがんばって。結果的に、仲の良い人グループは塊になって走るようになる。蔵本先生が予想したことは、仲の良さ(結合の強さ)がゼロだったら塊(同期)は生まれないけれども、結合の強さがある値を超えた時点で相転移が起きて塊が生まれるということです。結合がめいっぱい強ければ、最終的に1つの点になることを予想した。でも蔵本先生は物理学者なので、現象的に起こることは予想しても数学的な証明をつけていませんでした。ものすごく難しい問題でずっと解かれていなかったのですが、それを解いたのが僕の理論なんです。

 ――それを解くことで、何か応用的なことができるのですか。

 千葉 たとえば心筋細胞は、脳からの命令ではなく自分で膨張と収縮を繰り返しています。細胞同士がばらばらでなく同じタイミングで膨張収縮することで、心臓が全体として拍動し、血液を送り出すポンプの役割を果たします。その同期がなくなると不整脈になってしまう。ペースメーカーを設計する際に同期のことを数学的に理解していると、どれくらいの刺激をどのくらいの強さで送れば同期が安定するかわかります。

 ――なるほど。数学がものすごく身近な場所で役に立っているんですね。

千葉 逸人 氏

 千葉 よく、「数学は抽象的で役に立たない」っていわれることがありますが、抽象性は実は数学の強みでもあります。抽象的だからこそ普遍性があるし、応用の幅が広い。いろんな問題が同じ方程式で理解できることがある。だから、物事の背後に潜んでいる「現象を支配する方程式」を知ることで様々な問題が自動的に解けてしまうんです。

 ――蔵本予想を解くのにどれくらいかかったんですか?

 千葉 本格的に取り組み始めてからは3年ですが、基礎的なことの学習も含めたら10年くらいだと思います。未解決だったということは当時存在した数学ではうまくいかなかったということで、私自身が新しい理論をつくる必要がありました。

 ――10年間も問題を考え続けるんですか?

 千葉 学生だったこともあって、生活のほぼすべての時間を数学に没入して過ごしていました。いまは教える側になったために事務的なことが増え、思考が中断されてしまいます。もし今同じ問題を解こうとすれば3倍から4倍の時間がかかると思いますね。

(つづく)

千葉先生の著書『工学部で学ぶ数学』(プレアデス出版)をサイン入りでプレゼントします。ご希望の方はメール、もしくはFAXで、1.氏名、2.郵便番号、3.住所、4.電話番号、5.年齢、6.職業(会社名、所属)、7.NetIBのご感想をご記入のうえ、件名に「ビール大好き千葉先生本 係」と明記し、下記メールアドレスまたはFAXにてお送りください。
お申込み専用アドレス:hensyu@data-max.co.jp
FAXの場合はこちら 092-262-3389(読者プレゼント係宛)

 

<プロフィール>
千葉 逸人(ちば・はやと)
1982年生まれ。久留米市出身。市内公立中学校から県立明善高校を経て京都大学工学部物理工学科卒業。同大学院情報学研究科数理工学専攻博士後期課程修了(情報学博士)。九州大学数理学研究院助教などを経て、2013年に九州大学 MI研究所准教授就任/13年:第2回藤原洋数理科学賞奨励賞、16年:文部科学大臣表彰若手科学者賞
公式サイト:http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~chiba/
Twitter:https://twitter.com/HayatoChiba

 
(後)

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