誰しも陥る「自分ファースト」の罠 カヌー禁止薬物混入騒動
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一線を越えた「ドーピング偽装」
1月9日に日本カヌー連盟は、日本代表候補の鈴木康大選手が、ライバルとされる小松正治選手の飲み物に禁止薬物の筋肉増強剤メタンジエノンを混入させたと発表した。昨年9月の日本カヌースプリント選手権大会で、薬物を混入された飲み物を飲んだ小松選手は、ドーピング検査で陽性反応を示して失格。暫定的な資格停止処分を受けていたが、潔白となり資格停止は解消された。鈴木選手は、アンチドーピング規定に基づき、8年間の資格停止処分となり、同連盟も除名処分を検討している。
今回の禁止薬物混入の動機について鈴木選手は、「どうしても2020年東京五輪に出場したかった」と述べている。禁止薬物混入以外にも、小松選手ほかの数名の選手の競技用具を破損する行為などに手を染めていたという。小松選手をはじめとしたライバル選手を“蹴落とす”ためであったという。
評論家らは「鈴木選手は、五輪に出場しなければならないという極度のプレッシャーがあったのだろう。そのような日本のスポーツ界の現況にも問題があったのでは」とコメントしているが、これは全くの見当違いだ。スポーツマンシップ云々以前にあるべきなのは、人間として「して良いこと、良くないこと」の一点だけ。鈴木選手は、その一線を超えてしまったのだ。本当に残念でならない。
スポーツ界に横行する「自分ファースト」
今回の鈴木選手の行為は当然許されるべきではない。しかし、これは全くの他人事というわけでもないのだ。今回の例だけではなく、自分以外の人々を“蹴落とす”ような行為は、今もスポーツ界で行われている。
一例をあげてみよう。関東地方にある某大学、ある体育会球技部では、有力な後輩選手を呼び出して真っ暗な部屋に監禁し、“指導”と称して先輩選手が殴る蹴るの暴行を加えるという行為がひんぱんに行われていた。かつては名門と言われていたこの部だが、現在は低迷に喘いでいる。これは、いわば「先輩が有力な後輩を蹴落として自分を守る」行為といえるだろう。そのほか、「公式戦当日に道具を壊された」「理不尽なしごきによって負傷した結果身体的な障害が残り、競技人生が終わってしまった」など、このような例は枚挙にいとまがない。全ては、今回の鈴木選手のように「自分の地位を守りたい、他の人間を蹴落としてでも上回りたい」という動機である。
そのような心理状態には、人間誰しも陥ってしまうことがある。綺麗事を抜きにすれば、人間は「自分が一番」である。それでも、自分の利益のために他の人を傷つけないようにするのが、人間としての理性ではないか。
しかし残念ながら、スポーツ界のみならず、現代社会においても、組織のなかでの優位を保とうと自分以外の他人を傷つける行為は、表面化していないだけでいつも起きているのではないだろうか。鈴木選手の行為の本質は、「自分の地位を守りたい、他人より勝りたい」という欲望が理性を超えてしまったことだ。そうならないためには、「周囲の人々がいるから、自分が存在する」ことを認識し、他者をリスペクトする姿勢を保ち続けることである。スポーツも社会での活動も、自分一人では何もなし得ないのだ。
なお、今回唯一救われる思いがするのは、鈴木選手が自ら告白したことで事件が明るみにでたことである。彼の良心はまだ残っていた。年齢は32歳。競技者としては難しいだろうが、人間としてはまだやり直しできる。今回の行為に対して真摯に償い、再生してほしいと切に願う。
【河原 清明】
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