東京大学吉見俊哉教授に聞く~非日常が『日常化』した現在のアメリカ社会!(3)
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東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授 吉見 俊哉 氏
重要なことはいくつかのラインに集約されることがわかった
――再び、トランプのアメリカに戻ります。ここからは、今のアメリカ社会の混乱の内容を具体的に教えてください。
吉見 先ほど、現在のアメリカはトランプに関する情報の大洪水だと申し上げました。しかし、何カ月かいますと、次々と新しい事件は起こりますが、繰り返しも多く、重要なことは、(1)ポスト真実、(2)階級、(3)人種主義・ナショナリズム、(4)性差別・暴力、(5)北朝鮮という5つのテーマにだいたい集約されることがわかってきました。そこでこの『トランプのアメリカに住む』では、この5つの柱について、「トランプのアメリカ」がどのような動きをしているのかを内側から俯瞰する作業をしています。
「ポスト真実」と「ロシア疑惑」は表裏の関係にある
――テーマが盛りだくさんですね。本日は、時間も限られておりますので、「嘘」と「性」と「銃」を中心に教えてください。まず、「嘘」について教えてください。
吉見 トランプのアメリカでは、「ポスト真実」と「ロシア疑惑」が表裏の関係にあります。この問題を考える前提として、インターネット社会への移行が生じさせた1990年代以降の世界の変容について、もう一度確認しておく必要があります。
新聞・テレビなどのマスメディアからインターネットへの転換で起こったことは、ゲートキーパー(門番。ここでは転じて通信を監視・管理する人)がいなくなったことを示します。それまでは、集まってきた情報を、ファクトチェックなどを通して、取捨選択し、クオリティコントロールを行い、報道倫理に基づき編集する作業、つまり情報の流れを、良くも悪くも権力をもつ新聞社やテレビ局が支配していました。しかし、そのマスメディア体制に代わり、インターネットでは、どのようなニュースでも上がってきます。
他方、インターネットの普及で新聞・テレビの部数・視聴者も減りました。取材体制でも、1人で何役もやるようになりました。従来のように時間をかけて、裏をとる(供述・情報などの真偽を確認する)ことも難しくなっています。
これに加え、「フィルターバブル」の問題です。フィルターバブルとは、インターネットの検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断する機能です。このアルゴリズムの効果で、まるで「泡」(バブル)のなかに包まれたように、人々が自分の見たい情報しか見えなくなることを言います。
新聞・テレビなどマスメディアの場合は送り手が誰であるかがはっきりしており、その立場も比較的明瞭です。しかし、ネットメディアの場合、プラットフォームには、ほぼ何でも出店可能ですから、偽商人もずいぶん入ってきます。技術力のある集団(ロシア諜報部、クラッカーなど)であれば、容易に既存の場所の一画を乗っ取り、何者かに成り済まして(他人の名前を勝手に拝借して)ニュースを発信することも可能になっています。
トランプの場合、好んで社会内部の対立を煽ることもしています。彼は、知識層は最初から相手にしないので、彼らの主張に「疑いをもつ」層にはそもそも最初から発信せず、主張を「受け入れやすい」層にだけ発信します。大統領選挙の際も、激戦区では、こうした「フィルターバブル」が影響をもったことが明らかになっています。
「ローマ法王がトランプ支持を表明」という『偽ニュース』では、クリントン支持者の46%が信じ、トランプ支持者の75%が事実として信じていました。「ヒラリーのメール流出問題を捜査していたFBI捜査員が自殺と見せかけて殺された」という『偽ニュース』では、クリントン支持者の52%が信じ、トランプ支持者においては85%が本当のことと信じていたのです。トランプ支持者の異様なまでの信じ込みやすさはさておいても、クリントン支持者でさえ、半数前後の人が偽ニュースを信じていたのは驚きに値します。
どうせすべて嘘で真実と虚偽の区別などないと相対化する
トランプの常套手段は、マスメディア批判「CNNやニューヨークタイムズ、ワシントンポストだってすべてフェイク(偽物)だ」を徹底的にやり、“フェイク”を相対化(一面的な視点やものの見方を、それが唯一絶対ではないという風に見なしたり、提示したりすること)してしまうことにあります。つまり、マスメディアの持つ最低限のジャーナリズム精神(報道倫理)の底を抜いてしまうのです。すなわち、「どうせ、すべて嘘で真実と虚偽の区別などないのだ」というわけです。
これはある意味で、「1970年代からの文化批判的な知」に対する挑戦です。知識人たちは現実とは、社会的に構築されたものであり、「唯一の事実(真実)がある」わけではないと考えてきました。マスメディアが伝える事実は、社会的なある意図をもって構築されたもので、それがどの様に編集されたのかを考えなければならないと主張してきたのです。
この真実の相対化は、ある意味で、トランプによって逆手に取られました。ですからこれに反論する作業は少し複雑です。トランプ流の「真実」がひどすぎるからと言って、もう一度「事実(真実)は唯一」でなければならないと昔に逆戻りはできないからです。
(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授兼東京大学出版会 理事長。同大学副学長、大学総合研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割をはたす。2017年9月から2018年6月まで米国ハーバード大学客員教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』、『博覧会の政治学』、『親米と反米』、『ポスト戦後社会』、『夢の原子力』、『「文系学部廃止」の衝撃』、『大予言「歴史の尺度」が示す未来』など多数。関連記事
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