2024年11月15日( 金 )

第11回「白馬会議」の講演録より「日本の技術劣国化からの脱出」(3)

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歴史上の破壊的イノベーション

 破壊的イノベーションとは、それまでの社会の有り様を覆すことをいう。世界中で破壊的イノベーションの創出に向けて政府レベルで施策を競っているが、破壊的であるほどポジティブな効果だけではなく短期的にはネガティブな事象が発生する。有識者や官僚がイノベーションに否定的になるのは、その負の側面により生じる混乱を避けたいという意識が働くためである。最近の世界的現象としてUberに代表されるカーシェアやAirbnbは既存ビジネスモデルとエコシステムを破壊するので各地でトラブルを起こしている。

 技術的、社会的、経済的に鑑みた歴史的イノベーションはヒッタイトの鋼生産技術が最高にして最大である。だからこそ、技術的には3000年以上「鉄器時代」であり「鉄は国家なり」は変わらず、いまだに鉄鋼は国家にとって重要産業であり、圧倒的な戦略資材であり続けている。

 ヒッタイトは近隣の青銅器武器しか持たない国々に攻撃を仕掛けた。攻撃された多くの国々は滅亡への道を歩んだ。古代社会では鉄は武器使用だけではなく、農機具への応用によって農業生産力を劇的に変化させて社会構造の変化をもたらした。多くの余剰農産物の出現により経済構造も激変して現代に通じるさまざまなシステムを生み出すことになった。

 鋼の次の大発明は中世欧州の魔術と錬金術(以下、総称して黎明期化学)である。ここから現代化学が生まれてくる。とくに18〜19世紀の黎明期化学から現代化学への進歩は窒素合成という人類の生存に欠かせない技術を生み出した。このおかげで肥料の工業生産とそれにともなう食料増産、火薬の大量生産、石油化学の発達、金属素材の劇的改良など社会のあり方と産業経済を根底から覆して、現代に至るまで大きな影響を与え続けている。

 19世紀に発明されたハーバー・ボッシュ法は空気中の窒素をアンモニアにするいまだに唯一の大量合成方法である。これがなければ、農業生産量を今の水準で維持することは不可能である。なお、農産物のオーガニックはほとんど販売用ツールで趣味の世界である。また、高分子合成技術のおかげで絹や毛皮に頼らず温かい服装をすることができる。さらに合金、樹脂、医薬品など元をたどれば黎明期化学である。現代化学の発達は人々の生活を豊かにしたが、20世紀になってさまざまな公害というかたちでネガティブな影響をおよぼした。

 民族の興亡や社会の変遷は鉄と黎明期化学の2つの発明の伝搬、製品創出、あるいは技術奪取の歴史といってもよい。鉄器は戦争と侵略によって存在が知れ渡った。黎明期化学は反教会的として取締りが行われたので、逆説的に情報が教会とその周辺に集約されていった。また、ペルシャで医学が盛んになったことを含めて鉄と黎明期化学は情報と物流の拠点付近で発展したので情報伝播が促されて広がっていった。これらの技術を保有することは民族の存亡に直結することだったので速やかに伝わった。今も昔も革新的技術情報の素早い獲得は社会基盤や歴史に大きな影響を与える。

 ITの発展などにともなう通信やデータ処理の進歩を第5次の産業革命と称しているが、シュンペーターの考え方に従えば、ITは1940年代のチューリング・マシーンの発明から始まり次第に進化してきた技術なので画期的イノベーションである。情報通信と制御技術の進歩のおかげで社会のありようが大きく変わり始めている。ITは情報通信技術なので人間の思考をコンピューターに移し替えることができれば、人間の存在そのものの大転換につながるので、まさに破壊的変化になる。

 その前段階として人間の代替物としてロボットを越えるヒューマノイドの出現は、その前後で人の行動様式が変わる転換点になるだろう。人と共生するヒューマノイドの出現によって男女間の恋愛からの脱却が起こり、各人の好みのアンドロイド・パートナーが出現するだろう。また、SFが描くように人格を移したヒューマノイドが本人の代わりに活動することになるだろう。
旅行や結婚という言葉が死語になる時代がくるかもしれない。実際に行動という点では、ネットショッピングは人々の消費行動に大きな変化を与えた。他方で、すでにITが社会の有り様を大きく変えている破壊的イノベーションであるという意見が聞こえそうである。

 確かに大量のデータを瞬時に処理して最適値を出力することは社会の動き方を変えた。しかし、ITの中身である、通信、データ処理・保存、分析、制御、ゲームはそれぞれ時間をかけて発展している。現在までに到達したIT技術は、鉄のように民族の存亡を直ちに左右してしまうような過酷な段階までには達していない。

(つづく)

<プロフィール>
鶴岡 秀志(つるおか しゅうじ)

信州大学カーボン科学研究所特任教授
埼玉県産業振興公社 シニア・アドバイザー

ナノカーボンによるイノベーションを実現するために、ナノカーボン材料の安全性評価分野で研究を行っている。 現在の研究プログラムは、物理化学的性質による物質の毒性を推定し、安全なナノの設計に関するプロトコルを確立するために、ナノ炭素材料の特性を調べることである。主要機関の毒物学者や生物学者だけでなく、規制や法律の助言も含めた世界的なネットワークを持っている。 日本と欧州のガードメタルナノ材料安全評価プログラムの委員であり、共著者として米国CDCの2010年アリスハミルトン賞を受賞した。
 埼玉県ナノカーボンプロジェクトのアドバイザーを通じてナノカーボン製品の工業化を推進している。

<学歴>
1979年:早稲田大学応用化学科卒業
1981年:早稲田大学修士課程応用化学
1986年:Ph.D. 米国アリゾナ州立大学ケミカルエンジニアリング学科

<経歴>
1986年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)生産管理
1989年:Unilever Research PLC。 (英国)研究員
1991年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)、開発マネージャー
1994年:SCジョンソン(日本)、R&Dマネージャー
1999年:フマキラマレーシア、リサーチヘッド
2002年:CNRI(三井物産株式会社)主任研究員
2006年:三井物産株式会社(東京都)、シニアマネージャー
2011年:信州大学(長野県)、特任教授

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