2024年12月23日( 月 )

シリーズ・地球は何処に向かう、日本人はどうなる(5) ~日本を憂慮する知識人は多いが「白馬会議に参加して」(前)

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11回目を迎えた白馬会議

 「信州白馬に生まれる『ダボス会議空間』へようこそ!」という言葉に惹かれて17、18日の2日間、長野県白馬村で開催された「第11回 2018白馬会議」に参加した。この白馬会議は学界でも、財界セミナーでも、有識者会議でもない。「1人ひとりの“知的個人”がそれぞれの生きざまやバックグラウンド、問題意識をもって北アルプスの麓に集まり、毎日白熱討議を重ねるところにある」(第一回白馬会議開会宣言より)のが、この会議の醍醐味である。

 第1回白馬会議が開催されたのは2008年。リーマン・ショックで世界経済に激震が走った年だ。日本では1990年代前半にバブルが崩壊。2000年を境に銀行が統合されるなどし、景気が回復基調に差しかかった時期にあたる。
ところがアメリカのリーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻に端を発する金融危機、いわゆる「リーマン・ショック」によって日本経済が致命的な打撃を受けるのではないかという危機感が世の中に蔓延するようになった。
 そこで「日本の英知を結集してこの難局に臨もう」と同じ志をもつ同志が、この白馬の地に集まった。

 白馬会議事務局代表の市川周氏は1951年9月生まれ、長野県木曽郡出身、一橋大学経済学部卒業後、三井物産に入社。以降、コンサル業務に携わり一橋総合研究所CEOも兼ねている。
 市川氏は「白馬会議のプリンシプルである『知的相対主義』(主張の異質性を認めあって堂々と議論する)と『知行合一主義』(個々の人間が徒党を組まず自己の認識と判断をもってそれぞれの実践行動のなかで示していく)を堅持することを基本にする」と訴える。
 11回目となる今年の参加者は70名を超えた。今回の反省点として(1)「女性参加者を増やす」(2)「若者を集める策を講じる必要がある」(3)「外国人の参加」という3つが挙げられた。

 市川代表は「まずは毎年1回、白馬にやってきていただき、この会議を好きになった『知的個人』を100人集めようと思っています。それを核にして500人ぐらいの人間がシェラリゾート白馬およびその周辺で、毎年、『集中討議』を展開することが目標です。そうなれば『白馬会議』の討議事項が国内に影響を与えることになるでしょう」と当面の目標について語った。

白馬は遠かった

 会議のスタートは正午からである。白馬に到達するためには福岡空港発の東京行きに乗ったのでは間に合わない。自宅を午前3時半に出て、車を飛ばして北九州空港へと向かう。第1便は午前5時半だ。早朝の同便でも搭乗率は90%以上であろう。
 最近、北九州空港に立ち寄る際に感じるのは「利用者が急増している」ということだ。駐車場に停まっている車の数が半端ではない。この日もすでに500台以上が駐車していた。連泊と思しき車もたくさんあった。

 午前7時すぎに羽田空港に到着。モノレールに乗り、山手線経由で午前8時前に東京駅に着く。北陸新幹線の金沢行きに乗ることにする。金沢までの距離が約400kmと知り「意外に近いんだな」と驚いた。所要時間は約3時間。これほど短時間で行けると知ったインバンウンド客は一路、金沢に押し寄せているとか。金沢からの買い物客も増えているという。一度は「東京から金沢、金沢から東京への新幹線を利用したいものだ」。

 東京発金沢行きの新幹線は予定通り午前8時44分に発車し、長野には午前10時20分ごろ到着した。所要時間は約1時間半だ。長野から白馬駅まではバスを利用。午前10時40分発のバスで、白馬駅には11時20分くらいに着く。ホテルのバスに乗り換えて約10分。ホテルには午前11時40分ごろに着いた。自宅を出てからの総所要時間は8時間10分。「白馬は遠かった」というのが実感だが、ここは休む暇もなく「レッツ・ゴー!!」

 今年の白馬は暖かく、コートは必要ない。海抜3,000mにも迫る白馬山の山頂には雪がなく(翌朝、山頂には降雪があった)、スキー場も営業が始まっていない。今年は暖冬だと予想されているが、どうなることやら。
 長野・信州にくるのは今回で5回目だ。九州の山の標高はせいぜい1,700m程度。一方、アルプスの山々は3,000m前後。見上げていると首が疲れる。とくに駒ケ岳がある南アルプスは険しい峡谷から眺めるしかないので、感覚的には首を真上に向けた体勢で見上げることになる。

(つづく)

(4・後)
(5・後)

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