2024年11月27日( 水 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(2)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

経済事犯の法的抑制

 金融商品取引法について国民の多くが、その法律名さえ知らず、ましてそれが膨大な条文からなる極めて専門的な法律であることを知らない。法律の体系的分類では経済法と呼ばれる範疇に属する。その規制対象は上場企業株式の取引に関するすべての商行為および企業活動行為である。とくに、株式会社法が株式取引市場の世界的発展にともない企業会計原則が世界標準に幾度も改変されてきた歴史を反映したこともあって、極論すれば、企業会計のスペシャリストである公認会計士によってのみ、十全の理解が可能だといっても過言ではない。

 本件会社の有価証券報告書は多年度にわたり、外部監査としての公認会計士法人による適正意見が付されたものであることも、検察官による虚偽記載認定の法的正当性に疑念を抱かせる。つまり、公認会計士法人が適正とした有価証券報告書に虚偽記載があると論理的にいえるのか、という問題である。

 具体的には不正関与の取締役が不正行為を司法取引により自白したとされるが、当該不正関与取締役の法的理解力が具体的に有価証券報告書虚偽記載罪との認識であったかどうかは疑わしい。ここにも、ゴーンの強欲=犯罪行為との短絡的思考が存在する。

 現時点で明らかになってきたことは、役員報酬で確定した支払いであるものは開示義務があること、ゴーンには退任後に多額の支給が約束されていたこと、の2つの事実について検察が開示義務に違反するから虚偽表示であると認定した、とされることである。この認定のプロセスに刑事法理論の最大の弱点があることを世間の人は知らない。

 なお、経済事犯の法的抑制は直ちに刑事罰で臨むことではない。最初に取締役会による是正・抑制があり、その根拠が取締役の善管注意義務・忠実義務である。しかし、俗人は絶大なる権限を濫用するというのが歴史から学ぶ教訓であるため、第二の抑制是正である内部監査制度がある。

 巨大会社・グローバル企業の監査は監査法人によるものが一般的である。つまり、すでにこの時点で企業会計のプロ中のプロである公認会計士の関与がある。ここでも公認会計士は適正意見を付した。そして外部監査たる公認会計士法人による監査が第三の是正抑制である。

 しかも、この適正意見の付された有価証券報告書が監督官庁に提出され、第四の是正抑制を受ける。結局、検察官の刑罰による是正抑制は最後の手段である。従って、検察は通常、金融庁の告発を受け、刑事処分に乗り出すのである。本件では明らかに本来法令が予定した是正抑制の手続のすべてを省略して検察が最後の手段としての刑罰の抑制を検察官の独自の法令解釈によって立件したことにおいて極めて特色のある事件である。

刑事法理論の最大の弱点 故意・過失の認定論

 ゴーンは虚偽記載の認識・意図はなかった、と供述しているとされる。同時に逮捕された実質的な実行行為者とされるケリー代表取締役も記載は弁護士の意見も聴取確認して虚偽記載に当たらないことを確認しており、違法ではないと供述しているとされる。2人の被疑者がともに「故意」を否認している。検察は当然、故意があったことを立証する責任がある。

 ここで最も問題となるのが、前述の多数の公認会計士が多年度にわたり適正であると意見を付した事実である。この事実をゴーンは信じてきたものであるから、ゴーンに虚偽記載の故意があったと認定することは、ほぼ不可能である。いくら人並み以上の強欲があっても、それは犯罪の故意ではない。せいぜい動機に過ぎない。優秀な企業経営者は全員が人並み以上に強欲者だというのが現実かもしれない。お人好しではとうの昔に企業を倒産させているだろう。

 被疑者が犯罪事実について故意を否定したとき、検察官は故意の存在を立証する責任を負う。もともと故意とは被疑者の内心の事情であるから、本人の自白があっても、それが後日、任意性が否定された場合にも、検察官は故意の存在を立証する責任を負う。
 (刑罰による抑制是正が最後の手段であり決定的な破壊力をもつこととの対比でいえば、前述の各種の是正抑制には被疑者の故意の存在・立証は問題にならない。客観的な不整・齟齬の存在だけで、取締役の責任は発生する。善管注意義務の客観性) 

 被疑者の自白・自認がない以上、検察官は何を立証して被疑者の故意を立証するのか。第一には、退任後の巨額報酬が確定したものであることの立証である。本来、当期に取得した役員報酬を退任後に受領するだけの単なる取得時の変更による隠蔽となるからである。ところが、ケリーは退任後のコンサルタント契約の締結義務や競業避止義務の契約にともなう巨額資金の提供予約契約は「確定した役員報酬」ではない、との反論をしているという。

 まったくその通りであり、事実、ゴーンは遠からず、取締役を退任する。そこで退任後の巨額金銭の受取が単なる役員報酬の事後受取であれば、日産は無条件に約定金員の支払い義務があることになる。約定金額そのものに不当性はなく、金員の受取時期とその報告記載に違法性があるのだから、当該金員受給権にはまったく関係がない。

 しかし、現取締役会も新取締役会も、コンサル契約や競業避止契約をゴーンと締結することはなく、それを理由に巨額金員の支払いを拒絶するであろう。そうであれば、まさに、「確定した取締役報酬」という前提そのものを否定したことに他ならない。

 なぜ、このような重大矛盾を生じるのか。それは明らかに検察の見立てである「確定した役員報酬」という認定に無理があるからである。ここまでくれば、フランスの国民から見た今回の逮捕劇が、西川ら現取締役らの検察権力を利用したクーデターであるとする見解も一理あることになる。それは同時に検察の「勇み足」に他ならない。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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