政治経済学者 植草一秀
参院選では自公が議席を減らし、参政と国民が議席を増やした。自公は参院でも過半数割れに転落した。石破茂首相は参院選の勝敗ラインを著しく低い水準に設定した。参院選で争われる125議席中、自公で50議席獲得を勝敗ラインに設定した。政権与党の獲得議席が125分の50というのはあまりにも少ない。参院選結果に対する責任追及が及ばぬよう、著しく低い勝敗ラインを設定した。結果は自公で47議席。勝敗ラインに届かなかった。したがって、当然のことながら石破首相の責任問題が浮上する。
国政選挙での結果に対して、自民党総裁の責任をもっとも強く追及してきたのが石破茂氏である。2007年参院選での自民党敗北について石破氏は安倍首相の責任を厳しく追及した。2009年7月には麻生太郎首相による衆院解散を阻止するために両院議員総会開催が模索されたが、開かれたのは両院議員懇談会だった。このときも石破氏は麻生内閣の閣僚でありながら麻生氏に退陣を求めた経緯がある。これらの過去の行動がブーメランとして石破氏に舞い戻っている。他者に対して厳しく責任を追及する者が自分自身には甘い対応では誰もついてゆかない。
参院選の結果を俯瞰すると主権者の投票先を大きく三つのカテゴリーに分類することができる。第一のカテゴリーは保守中道。これまで政権を維持し続けてきた勢力。第二のカテゴリーは極右。中国脅威論を煽り、日本は歴史的にも正しかったとする唯我独尊の勢力。第三のカテゴリーは革新リベラル勢力。護憲と所得再分配政策重視を特徴とする。
今回選挙では自民党が大敗した一方で国民民主が伸長した。自民党安倍派は引き続き衰退傾向を示しているが、参政が伸長した。自民党極右の旧安倍派が縮小して極右の参政が伸長。自民党中道が縮小して国民が伸長。革新リベラルは後退した。立民はこうもりのように立場が不明確。自公大敗なのに伸長できなかった。
全体を俯瞰すると「極右」、「中道」、「革新」の三極鼎立が生じる状況が生まれたと判断できる。「石破やめるな」の動きが示されているが、三つの思惑が背景にある。
第一は、極右内閣誕生を嫌う人々。極右戦争推進政権が誕生するよりは石破内閣の方がましであるとの立場。消極的支持と言える。
第二は、石破と組んで政権与党入りを狙う勢力。維新、国民、立民がこれに該当する。石破を温存し、石破と話をつけて政権与党に加わろうという勢力が存在する。
第三は、積極財政を封じ込めたい勢力。財務省およびザイム真理教勢力。
石破首相は財政政策発動に消極的な姿勢を貫いた。日本財政をギリシャに例える点でザイム真理教信者と言える。財務省としては石破を温存して財政政策発動を封印しようとしている。これらの事情を踏まえると、単純に「石破やめるな」に加担できない。最悪は自公と立民の連携だ。財務省は大連立を実現して消費税増税を狙っている。これが最大の悪夢。ザイム真理教の石破首相は退陣に追い込むのが正道である。石破首相を退場させて、極右政権樹立を阻止する。これが達成目標になる。
日本経済の停滞は深刻だ。2012年12月に発足した第2次安倍内閣は〈インフレ誘導〉の方針を掲げた。しかし、〈インフレ誘導〉政策そのものが正しくない。私は2013年6月に上梓した『アベノリスク』(講談社)https://x.gd/afGpoでインフレ誘導政策の誤りを詳述した。同時に、インフレ誘導政策は失敗する可能性が高いと予測した。予測通り、インフレ誘導政策は失敗して、インフレ誘導は達成されなかった。これは不幸中の幸いだった。しかし、2022年から24年にかけて深刻なインフレが発生した。コロナ融資でマネーが激増したことがインフレ発生の原因である。
インフレが生じて国民の生活は改善されたのか。否である。インフレを背景に賃上げが行われ、実質賃金が増えると喧伝されたが、そうはならなかった。私はインフレが進行する下で賃上げを実施してもインフレを上回る賃上げは継続せず、実質賃金は減少を続けると警告した。本ブログ、メルマガでも何度も指摘したから証拠も残っている。現実はこの警告通りである。
インフレが進行するなかで労働者の実質賃金が減り続けている。2022年4月から2025年5月までの38ヵ月のうち、実質賃金指数が前年比プラスを記録したのは僅かに4ヵ月。残りの34ヵ月が前年比マイナス。2025年5月の実質賃金指数も前年同月比2.6%減少だ。
日本経済は停滞を続け、そこにインフレが襲来した。黒田日銀のインフレ誘導政策は誤りだった。他方、国税収入が激増している。国税収入激増はデフレ効果を有する。GDP押し下げ効果を有する。したがって、〈緊縮〉の財政を少なくとも〈中立〉に戻す必要がある。そのために減税政策を提案している。
20年度から24年度までの4年間に発生した自然増収が16.7兆円。年額で16.7兆円の税負担増加が発生している。これを放置すると10年で167兆円増税になる。そこで提案しているのが消費税率の5%への引き下げ。消費税率を5%に引き下げると15兆円減税になる。これは地方消費税を含む。先述の自然増収は国税分だけの数値。地方税を含めるとさらに多額になる。
消費税率を5%から8%に引き上げた2014年4月を境に日本の個人消費が減少トレンドに転じた。個人消費が減少トレンドに転じているのだから景気が浮上するわけがない。この意味で消費税率5%への引き下げが最善の経済政策になる。これを絶対に阻止するというのが財務省の最優先課題。この視点から石破氏の残留を財務省が求めている。
立民の野田佳彦氏は自民との大連立を狙っている。財務省は大歓迎。消費税再増税を狙っている。中道と革新・リベラルが連携すれば極右内閣樹立を阻止できる。ザイム真理教石破首相を退場させて、ザイム真理教でない新内閣を樹立すべきだ。財務省の情報誘導に乗るべきでない。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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