珠海からの中国リポート(20)
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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏
こういう日本人もいる!
広州は南中国一の大都市。人口は1,400万だから、東京以上だ。当然ながら、日本企業が集まっている。日本の大型ショッピングモールもある。日本人が暮らしていくのに、さほどの不自由はなさそうだ。
そんな広州で、ある日中合弁企業に勤める日本人に会った。40代そこそこのエンジニアである。それまで本人との面識はなかったが、彼の父親を知っていたのだ。
老舗の広州酒家で極上の広東料理をごちそうになった。中国にきてまだ数カ月というのに、中国語のメニューを細かく読み、ウエートレスにいろいろ質問してから注文する。エンジニアなのに、たいしたものだ。
「中国語ができないと仕事で困るんです。工場勤務ですから、英語のわからない連中がほとんどなんで」
「でも、幹部とは英語でしょう?」
「そう、どうしても英語に甘えてしまいますね」
この言い方に驚いた。英語で話すのが当たり前と考える海外勤務の会社員が多いなか、英語を話すのは「甘え」だと考えているとは。中国に行ったら中国語でコミュニケーションをとるべきという彼の考え方はすごいの一言だ。
それにしても、このエンジニア、英語も達者なんだろう。「僕、今の会社に入る前、アメリカに留学していたんです。でも、実は勉強しながら仕事もしました」
「え?どんな仕事?」と聞くと、「教授のアシスタントです。それで金を稼ぎ始め、自慢ではないんですが、自分の留学費を全部自分で払うことができた」
とはいえ、事はそう簡単に運んだわけではなかったようだ。
「最初は苦労しましたね。片っ端からいろいろな教授に頼み込んだんですが、ほとんど門前払い。ところがあるインド人の教授がいて、その教授がユダヤ人のもっとえらい先生と相談してくれた。そのユダヤ人教授が日本人に好印象を抱いていたおかげで、とうとう研究アシスタントになれたんです。留学してから数カ月後のこと。以降、僕のアメリカ生活は大変楽しいものになりました」
何たる果敢さだろう。留学したとたん、見知らぬ教授たちに頼み込んでアシスタントにしてもらおうと考えること自体、私には信じられない。日本人は外国に出たがらなくなった、出てもすぐ日本に帰りたがる。そう言われている昨今、こういう日本人もいるのだ。
「留学前はふつうの日本人だったんでしょ?」
「いや、どうですか。子どもの時から父の仕事のせいでしょっちゅう外国に出てたんで。外国に出ることに少しも違和感はなかったですね」
それでもまだ気になった。
「でも、アメリカとちがって、中国は大変じゃない?」
「いや、快適ですよ。実は数年前までインド駐在だったんです。そのインドもなかなか面白い所で、住めば好きになるんですが、ともかく日常レベルで大変でした。一方、広州は食べ物が旨いし、人は親切。大変住みやすいですね」
今度は会社の内部事情について聞いてみた。
「日本企業といっても、中国企業との合弁なら、やりたいことがあっても簡単にできないのでは?」
「技術に関しては問題ないんですが、方針とかを決定するにあたっては、やはり共産党員の幹部が力をもってるんです。しかも、中国人社員は幹部が決めたことには間違いなく従いますから」
日系企業でもそうなのかと半ば驚いたが、そうでもしなければ、どんな企業でも中国ではやっていけないのかもしれないと思い直した。
というのも、大学もそうだからである。共産党員が幹部にいて、財務を担当している。何をするにも、その人の了承を得なくてはならない。その人の了承が得られなければ、予算がとれない。そういうわけで、中国の大学はみな共産党のいうことを聞く。
この方式をよくないなどと断言するつもりは毛頭ない。中国には中国の事情があることはわかりすぎるほどだ。政府だって、これが中国の知的発展にとって最良の策であるとは思っていないだろう。しかし、そうでもしないとこの国は治まらないのだ。
無論、上から抑え過ぎると才能が死ぬ。しかし、緩めすぎたら大変なことになる。その辺の手綱さばきが難しそうだ。
「中国人はよく働く?」と聞くと、このたくましき技術者は少し考えてから答えた。「さっきも言ったように、上司に完全服従なんで、本気で働くということはありませんね。上司がやれと言わなくても、これはどうしても解決しなくてはと思って積極的に取り組む。そういう人は、まずいません」
最後に聞いてみた。「インド人と比べて、日本人と比べて、どうなの?」
「インド人は優秀なのはとてつもなく優秀です。中国人は日本人より冷静ですね。こちらが道理をいうと、あっさり引き下がりますから。日本人の方がそういう点では感情的です。中国人は割り切り方を知っている、というのかな」
なんとも明快で小気味よかった。しかも、その言葉の底に、どんな困難をも乗り越えようとする勇気が感じられる。アメリカ、インド、中国…。その先はこの人、一体どこへ行くのだろう。
(つづく)
<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)
1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。・珠海からの中国リポート(20)
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