2024年11月20日( 水 )

マツダ城下町の光と影~日本一の人口、中四国一の財政力(前)

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 高度成長期に「企業城下町」として栄えた自治体の多くは、昭和、平成と時代が変遷するなか、企業の盛衰と運命をともにしていた。そんななか、自動車メーカー・マツダの城下町といわれる広島県の安芸郡府中町は、町村では人口が日本一、財政力指数が中四国地方の市町村で1位と今も数字上は高いレベルで豊かさを維持している。その豊かさは令和の時代も続くのか。現地を探訪し、この町の人たちの話を聞きながら考えた。

小さな駅の乗降客が1日1万人

朝、大勢の人が出てくる向洋駅。大半はマツダで働く人
朝、大勢の人が出てくる向洋駅。大半はマツダで働く人

 JR広島駅から東に2つ目の向洋(むかいなだ)駅は、安芸郡府中町にある唯一の鉄道の駅だ。一見、何の変哲もない田舎町の小さな駅である。

 だが、この駅の乗降客数は1日平均1万人を超える。とくに平日の朝と夕方は労働者風の男性やスーツ姿のビジネスマンが多数行き交い、駅とその周辺は大変な賑わいとなる。その理由はただ1つ、すぐ近くに自動車メーカー・マツダの本社と工場があるためだ。

 平日、この駅を人が行き来するようになるのは、まだ夜が明け切らない早朝の6時ごろからだ。マツダの工場は夜勤の終了時刻が午前5時39分なので、夜勤明けの工員たちが帰宅するためにポツポツと駅にやってくるのだ。

向洋駅前の立ち飲み屋。夜勤明けのマツダの工員のために早朝から営業
向洋駅前の立ち飲み屋。夜勤明けのマツダの工員のために早朝から営業

 それに合わせ、駅舎にテナントとして入ったセブン-イレブンと立ち食い蕎麦屋が店を開ける。さらに駅の向かいにある立ち飲み屋も早朝の部の営業を開始する。その様子を遠巻きに観察していると、大きめのリュックやショルダーバッグを下げた普段着姿の男性がちらほらと立ち飲み屋に入っていく。駅舎のセブン-イレブンで缶ビールや缶チューハイ、カップ酒などの飲み切りサイズの酒を買い、駅前のロータリーや駅のホームで電車を待ちながら飲んでいる人たちもいる。

 自動車会社の工員の仕事は、肉体的にも精神的にも大変だといわれる。勤務が終われば、すぐに一杯やらずにいられないのだろう。

夜勤明けのマツダの工員。向洋駅前のロータリーで一杯
夜勤明けのマツダの工員。向洋駅前のロータリーで一杯

 夜もすっかり明けて午前7時ごろになると、駅に向かう人より駅から出てくる人の方が多くなってくる。駅から出てくる人たちも大半はマツダの工場や本社で働く人たちだ。その手にコンビニの袋を下げている人が多いのは、駅舎のセブン-イレブンで昼食用の弁当やおにぎりを買っているためだ。

 午前8時を過ぎると、駅から出てくる人の流れは「人波」と形容するほどの規模になる。そしてその人波は、飲食店が立ち並ぶ駅前の細い通りへと押し寄せていく。人波はそれから、通りを入ってすぐの場所にあるマツダ病院下の地下道の入り口に流れ込んでいく。マツダの本社も工場も、向洋駅から見ると、交通量の多い県道を挟んだ向かい側にある。この地下道を使えば、横断歩道で信号待ちをせずとも、すぐに県道の向かい側に出られるのだ。

 このように早朝から大勢の人が働くために人波をつくっている光景には、活気が感じられるのはたしかだ。ただ、地下道のなかでその様子を観察していると、おぼつかない足取りで手すりにつかまりながらやっとの思いで階段を上がり、工場のほうに向かっていく高齢の男性もいた。誰もが前向きに働けているわけではないように思えた。

朝、向洋駅から出勤してくるマツダの従業員たち
朝、向洋駅から出勤してくるマツダの従業員たち

マツダからの税収は激減

マツダの本社。周辺が城下町のように栄えている
マツダの本社。周辺が城下町のように栄えている

 日本では、戦後の復興に続く高度成長期に、特定の企業とともに地域の経済が発展した「企業城下町」が全国各地に生まれた。だが、日本の経済状況が変わるなか、そのうち多くの町は企業の衰退とともに廃れた。町の中心部がシャッター街と化し、人通りがほとんどない「元・企業城下町」も少なくない。

 そして近年も大企業が工場を閉鎖したとか、大企業が海外に拠点を移して町が空洞化したとかいう企業城下町の暗いニュースが後を絶たない。日本の経済全体が縮小・衰退し続けているのだから当然といえばそうなのだろう。

 そんななか、「マツダ城下町」といわれる府中町は今も数字上は、高いレベルで豊かさを維持している。自治体の財政力の指標とされる「財政力指数」は0.92(2018年度)で、これは中四国地方の市町村でトップの数値だ。そして約5万2,000人という人口は、町村としては日本一である。さらに特筆すべきは、町が行った意識調査に対し、町民の9割以上が「(町に)住み続けたい」と答えていることだ。

 財政力指数の高い自治体には、空港や原発などのありがたくない施設を受け入れ、その固定資産税などで収入が多い自治体も少なくない。そういう自治体はそもそも不便な場所にあり、人口は少ないのが一般的だ。その点、府中町は財政力があるだけでなく、町民たちが住み良さを感じていることが数字で裏づけられているわけだ。そしてそれは、売上高(単独)が2兆円を超すマツダという大企業が町内にあるからこその恩恵であることは間違いない。

 もっとも、府中町が町内の企業から得ている法人町民税は近年、次のように大きく減っているのが現実だ(1万円未満は切り捨てた)。

[2016年度]18億6,087万円
[2017年度]6億1,229万円
[2018年度]6億3,579万円

 府中町役場にマツダからの税収を質問したところ、「個別事業所からの税収入については回答できません」と言われたが、2017年以降の法人町民税の大きな減収がマツダに起因するのは確実だ。府中町自体の景気が著しく悪くなったという話は聞かれないため、町全体の法人町民税額にこれほど大きな影響を与えられる企業はマツダ以外にないからだ。

 では、マツダの府中町への納税額はなぜ激減しているのか。この数年でマツダの業績が著しく悪くなったわけではないので、原因は大企業優遇の税制改正が進められたことにあるだろう。

 たとえば、マツダは海外に多数の子会社を有し、毎年1,000億円を優に超す研究開発費を投じている。従って、「海外子会社からの受取配当金の益金不算入」や「研究開発費の法人税額からの控除」などの制度により相当な節税ができるようになったのだろう。大企業を優遇する税制が続けば、府中町とマツダの幸福な関係も変わるのかもしれない。

(つづく)
【ジャーナリスト・片岡 健】

(中)

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