2024年12月23日( 月 )

日本発の「折紙工学」産業化に向けて離陸へ(1)

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明治大学研究・知財戦略機構特任教授 萩原 一郎 氏

 折り紙を知らない人はいないが、「折紙工学」のことを知っている人はどれだけいるだろうか。折紙工学は実は日本発の研究分野で、紙おむつから宇宙ステーションのアンテナまで、さまざまな製品で折り紙の特性が生かされている。折紙工学の第一人者が、明治大学研究・知財戦略機構特任教授/先端数理科学インスティテュート&自動運転社会総合研究所所員、東京工業大学名誉教授の萩原一郎氏である。荻原氏が目指すのが、大量生産を可能とする産業化だ。

「軽くて強い」「展開・収縮」折紙構造の特性を生かす

明治大学研究・知財戦略機構特任教授 萩原 一郎 氏
明治大学研究・知財戦略機構特任教授 萩原 一郎 氏

 鶴、兜、風船……。折り紙は、1枚の紙を折って動物や植物を始めさまざまなモノの近似形をつくる創作である。

 そもそも折り紙は、室町時代に武家の紙包みの礼法が定められたのが始まりだ。その後、江戸時代になって、礼法から離れ、遊びとして庶民に普及していった。これが現在の折り紙に発展してきたのである。

 1950年頃からは、作品に知的所有権がある考える「近代折り紙」が広がり始めた。近代折り紙で特徴的なのだが「折り図」。完成品の再現性が重視されるため、すべての工程が書き記される。

 「折紙工学」はもちろん、こうした創作としての折り紙とは異なる。簡単にいえば、折り紙の構造がもつ特性を製品や構造物に生かす研究だ。

 誕生したのは比較的最近のこと。2002年に折り紙を科学的に研究する学問として、野島武敏氏(当時京都大学助教)が折紙工学を提唱したのが始まりだ。折紙工学は、折紙構造の創出と応用力学や計算力学、計測技術との組み合わせによる総合科学という側面がある。折紙工学の提唱以降、日本応用数理学会、日本機械学会などの学会でさまざまな研究テーマが発表されてきている。

 折紙工学を現在、牽引しているのが明治大学研究・知財戦略機構特任教授の萩原一郎氏である。萩原氏は、折紙工学による産業化すなわち大量生産方式の実現を目指している。

 折紙工学では製品化された例はあるが、自動車産業のような大規模な大量生産システムに乗った例はほとんどない。唯一の例といっていいのが「ハニカムコア」である。

 ハニカム(Honeycomb)とは蜂の巣を意味する。そして、同じかたちの立体図形を隙間なく並べた構造体のことをハニカムコアと呼ぶ。蜂の巣と同じ六角形のハニカムコアは軽量で強度が高く、防音効果もあるという利点をもつ。ハニカムコアの優れた特性については、ギリシャ・ローマ時代から知られていたようだが、長い間、産業化に向かうことはなかった。

 産業化のきっかけは第二次世界大戦。戦時中、航空機の軽量化を目指した英国における研究開発の1つの成果がハニカムコアだった。蜂の巣を観察しても容易に大量生産方式は見つからなかったが、英国のエンジニアが日本の七夕の網飾りにヒントを得て大量生産方式を考案したのである。ハニカムコアは今や数兆円産業となっている。

 世界各国にも折り紙はあるが、日本の折り紙は楽しさ、美しさの点で海外からの評価も高い。「Origami」という国際語にもなっているほどだ。折り紙をはぐくんできた日本、技術大国と呼ばれる日本で産業化ができなかったのは、「折り紙は遊びであり、鑑賞するものという固定観念が強かったからだろう」(萩原氏)。創作が優れていたため、ビジネスの観点でとらえる機会が生まれにくかったのである。

 折紙構造には「軽くて強い」という特性。そして、折りたためる「収縮」と、開くことができる「展開」という特性がある。

 軽くて強いというのは、紙はそのままでは剛性は低いが、折ることによって、ある方向の力に対する剛性は格段に高くなる。剛性とは物体の変形のしにくさを表す度合いのこと。力に対して変形が小さければ剛性が高い。

 こうした特性を踏まえて、折紙工学は以下の3つの分野で産業化に向けた研究が行われている。

(1)見たものを折り紙にする折紙設計
(2)折紙構造の軽くて強いという特徴を生かした設計・製造
(3)折紙構造の展開・収縮できるという特徴を生かした設計・製造

(つづく)
【本城 優作】

<プロフィール>
萩原 一郎(はぎわら・いちろう)

 京都大学工学研究科数理工学専攻修士課程修了。1972年4月日産自動車(株)に入社、総合研究所に勤務。東京工業大学工学部機械科学科教授、上海交通大学客員教授兼同大学騒音・振動・ハーシュネス(NVH)国家重点研究所顧問教授、東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻教授。2012年4月から明治大学研究・知財戦略機構特任教授/先端数理科学インスティテュート&自動運転社会総合研究所所員、東京工業大学名誉教授、工学博士。
 日本応用数理学会名誉会長、日本機械学会フェロー、米国機械学会・自動車技術会・日本シミュレーション学会フェロー。
 【受賞】日本応用数理学会業績賞「計算科学・数理科学援用折紙工学の創設と展開」ほか多数。
 【著書】『折紙の数理とその応用』(共著、共立出版)など。

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