日本発の「折紙工学」産業化に向けて離陸へ(3)
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明治大学研究・知財戦略機構特任教授 萩原 一郎 氏
折り紙を知らない人はいないが、「折紙工学」のことを知っている人はどれだけいるだろうか。折紙工学は実は日本発の研究分野で、紙おむつから宇宙ステーションのアンテナまで、さまざまな製品で折り紙の特性が生かされている。折紙工学の第一人者が、明治大学研究・知財戦略機構特任教授/先端数理科学インスティテュート&自動運転社会総合研究所所員、東京工業大学名誉教授の萩原一郎氏である。荻原氏が目指すのが、大量生産を可能とする産業化だ。
エンジニアとして車の衝突対策に注力
こうした製品化への応用が進む折紙工学だが、萩原氏が折紙工学の研究に向かうきっかけは自動車の衝突対策であった。
萩原氏は1972年、工学系の修士課程を終えて日産自動車(株)に入社した。当時の自動車業界が抱えていた最大の課題は衝突対策であった。
アメリカ政府は1967年、自動車が衝突した際の安全基準を設けた。アメリカ車はほとんどが大型車、日本車は小型車。安全基準は、大型車はクリアできても、小型車には厳しいもので、日本車はアメリカから撤退するとみられていた。アメリカの安全基準をクリアできるかどうかは日本車メーカーにとって死活問題だった。
具体的に衝突場面を考えてみよう。車が前面衝突すると、必ずエンジンは後方移動し、客室に突っ込んでくる。前部の構造で衝突エネルギーを吸収できなければ、後方へのスピードが速くなり、客室とエンジンルームの境界の下側にあるハンドル付け根が後方に押しやられ、その速度と同じ速度でハンドルがドライバーの胸部に衝突し、ドライバーに被害を与えることになる。
どのようにしてそれを軽減するかというと、衝突時に構造体の変形によってエネルギーを吸収するという方法をとる。つまり、エンジンの後方移動速度を抑えるには、前部のエンジンルーム内の構造の変形で衝突エネルギーを極力多く吸収させるのである。前部構造は車体、エンジン、シャシーからなっている。エンジンやシャシーは硬くて変形しないため、車体の変形でエネルギー吸収をさせることになる。
自動車メーカーにとってコスト競争力をつけるために必要なのは、企画から市場に投入するまでの開発期間を短くすることだ。自動車の製品化までには数百種類に上る実験が必要なのだが、そのなかで最も時間がかかるのが衝突だった。というのも、たとえばエンジン音を小さくする実験では吸音材などを使えばいいが、衝突の場合は一度実験すると車が壊れてしまうため対策のしようがないからである。試作車の製造には億円単位のコストが必要なため、何度も衝突実験を繰り返すわけにはいかない。そこで、採用したのが衝突シミュレーションである。予測をしたうえで実験をすることでコスト削減につなげていった。
こうして萩原氏は安全基準をクリアした。このときのエネルギー吸収技術で特許も取得した。ちなみに、このときの技術は今の自動車にも使われている。
(つづく)
【本城 優作】<プロフィール>
萩原 一郎(はぎわら・いちろう)
京都大学工学研究科数理工学専攻修士課程修了。1972年4月日産自動車(株)に入社、総合研究所に勤務。東京工業大学工学部機械科学科教授、上海交通大学客員教授兼同大学騒音・振動・ハーシュネス(NVH)国家重点研究所顧問教授、東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻教授。2012年4月から明治大学研究・知財戦略機構特任教授/先端数理科学インスティテュート&自動運転社会総合研究所所員、東京工業大学名誉教授、工学博士。
日本応用数理学会名誉会長、日本機械学会フェロー、米国機械学会・自動車技術会・日本シミュレーション学会フェロー。
【受賞】日本応用数理学会業績賞「計算科学・数理科学援用折紙工学の創設と展開」ほか多数。
【著書】『折紙の数理とその応用』(共著、共立出版)など。関連記事
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