介護大手ニチイ学館の創業家の相続税対策~自社買収(MBO)による株式非公開(後)
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「大きすぎる富は災いを生む」というが、その最たるものは遺産相続だろう。その遺産が現預金や不動産であれば、不満の声が上がることはあっても、最終的にはすべての関係者にそれなりの分け前が入る。だが、遺産が会社の株であれば、事業継承と絡むため、一筋縄ではいかない問題を招きかねない。なによりも、払わなければならない相続税をどうやって捻出するか、と頭を悩ますものである。
香港の投資ファンド・リム「少数株主を犠牲にしている」と噛みつく
このMBOに異を唱えたのが、5%未満の株式をもつ香港の投資ファンドのリム・アドバイザーズ・リミテッド(以下、リム)だった。
「担当幹部とみられるのが元日本経済新聞記者の松浦肇氏。松浦晃一郎ユネスコ元事務局長の長男だ。村上ファンドなどヒルズ族を取材し『記者を辞めたらアクティビスト(行動する投資家)になる』とかねて漏らしていた人物だ(朝日新聞デジタル、8月9日付)」。
もともと、MBOには、特定の大株主に有利に働くという懸念がある。支配株主が、少数株主の有するすべての株式を、その少数株主の承諾を得ることなく、現金を対価として強制的に取得する。MBOは、「締め出し」を意味するスクイーズ・アウト(少数株主排除)と呼ばれる。
リムはその盲点を突いて、6月11日に報道関係者に向けてニチイ学館への質問状を公開した。
質問状では「納税のために株式を現金化する一方で、公開買い付けによる手取金の一部を公開買付者経由で再投資することで、事業に対する支配権を維持したいとの創業者親族の思惑により、株価低迷を奇貨としてMBO案が推し進められてしまったのではないか」との見方を示し、リムは「少数株主を犠牲にしている」と批判した。経産省が定めたMBOの「公正性」指針
リムが批判する根拠の1つとなったのは、経済産業省が昨年6月に定めた「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下、指針)だ。
リムは、支配株主によるMBOには構造的に利益相反の問題があるとして、(1)対抗買収者の提案機会の確保、(2)買収者と利害関係をもたない少数株主の支持――などを盛り込み、公正性の確保を求めたが、ニチイ学館はこの2つを採用しなかった。
リムは「価格設定の過程が公正ではなく、2,400円が適正だ」と異議を唱え、株価はTOB価格上回って推移した。ベインのTOB価格は当初1株1,500円だったが、リムの揺さぶりを受けて、TOB期間は3回延長。7月31日にTOB価格を1,670円に引き上げ、締め切りを8月17日とした。
ベインは買い付け価格の引き上げで、12%余をもつアクティビストファンドのエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(以下、エフィッシモ)を味方に引き入れた。エフィッシモはTOBに応募することに合意し、TOB終了後、ベイン傘下のニチイ学館に再出資すると発表した。リムは、ベインがエフィッシモを抱き込んだ点も「一部の投資家だけが優遇されている」と批判した。
紆余曲折はあつたものの、MBOは成立し、ニチイ学館は上場廃止になる。
創業家一族は、1株1,670円で1,269万株を売却し、211億円のキャッシュを手にしたため、相続税を支払い、残りを再投資してニチイ学館の大株主と経営陣にとどまることができた。その代わり、ニチイ学館は、受け皿会社がMBOに要した借金を背負うことになった。
他方で、ベインは数年後の「出口戦略」として、ニチイ学館を再上場させ、投資分を回収したうえに、巨額な投資利益を得る。MBOは、投資ファンドだけが儲かるスキームだ。相続に絡む「お家騒動」の種は尽きない
会社相続に絡む「お家騒動」は少なくない。定食屋チェーンの(株)大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋)は、創業者の死をきっかけに、相続税を支払うための功労金の支払いをめぐり、創業家と経営陣が対立。創業家は相続税を支払うために、保有株を外食大手の(株)コロワイドに売却。コロワイドは大戸屋を買収するために、敵対的TOBを仕掛けて、目下、抗争の真っただ中にある。
大戸屋のケースはオーナー経営者にとって、相続税が身の毛がよだつような深刻な問題をつきつけている。事例からもわかるように、相続税対策は、生前に道筋をつけることが欠かせないと言える。
(了)
【森村和男】
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