コロナ禍での「孤食(個食)」について考える(前)
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大さんのシニアリポート第97回
コロナ禍で巣ごもりを強いられている。機転の利く人は、散歩やウォーキングなどで気を紛らせる術を持っている。さらに多趣味の人は、巣ごもりといういささか暗いイメージから容易に抜け出せる。ところが独り者で無趣味、人付き合いが苦手な人にとっては巣ごもりを強要されても日常生活そのものが変わることはない。孤食(個食)には慣れている。いつものように淡々と食事を口に運ぶ。しかし、そこに消し去ることができない問題が、依然として隠されたままだ。第39回(2015年12月)でも報告したのだが、コロナ禍での「高齢者の“低栄養”と無知」を再度考えてみたい。
高齢者に特有の「食文化の崩壊」
朝日新聞(21年1月30日)の「天声人語」に、「共食」と「個食」についての記事があった。
「人が集まって飲み食いする『共食』は、長い長い歴史を持つ。『同じ釜の飯を食う』という言葉に近いものは、早くも日本書紀に見られる。歴史学者の原田信男さんが『「共食」の社会史』で書いていた。(中略)『昔はがとして、肩り肘りつつ、にしてひき』。肩やひじが触れるくらいの距離で食事をともにし、親しく語る。そんな機会がめっきり減ったこの1年である。『個食』に加え、飛沫防止のため会話をせず食べる『黙食』なる言葉も耳にするようになった」とある。
私が運営する「サロン幸福亭ぐるり(以下、ぐるり)」の常連来亭者(平均年齢80歳超)の半数は配偶者に先立たれたり、離婚したりした独居者である。政治・経済・芸術(演歌を除く)が話題に上ることはない。驚くことに料理の話もまったく出ない。そこに高齢者に特有な「食文化の崩壊」がみられた。かつて認知症を公表した香川涼子さん(仮名・現在施設に入居)の1日の食事はこうである。
朝食は昨晩の残り物。といって、食べたり食べなかったりと気まま。宅配のヨーグルトは食べる。ただし朝食がブランチ(朝昼兼用)だから当然昼食はとらない。午後4時過ぎまで「ぐるり」で過ごし、親しいMさんと一緒に近くのスーパーで買い物。Mさんも香川さんに見習って似たような食品を買う。そのすべてが出来合いの総菜。そこ以外に食品コーナーをのぞくことはない。ほぼ毎日同じものを買う。それをチンして食し、残ったものを冷蔵庫にしまい込む。認知症の香川さんの冷蔵庫は残り物で満杯になる。腐敗を恐れて娘たちが定期的に訪れ整理する。とにかく「ぐるり」に見える高齢者は食事に無関心な人が多い。それも異口同音に「食いたいものがとくにない」といい、いつも同じものを買う。粗食を「年だから問題ない」と決めつける。
バラエティーな食事が大切
人間総合科学大学の熊谷修教授は「病気よりも老化そのものが問題」、「老化は、人間の体からたんぱく質が抜けて、乾いて、縮んで、ゆがんでいく過程。たんぱく質不足は、老化を早めることになるんです」、「老化を少しでも先延ばしにするには、筋肉や骨の材料となるたんぱく質が欠かせません」(朝日新聞2013年9月15日)と提言する。
老化が進むと転倒して寝たきりになったり、心臓病などのリスクが増えたりする。熊谷教授が提唱するのは食品のバラエティー化。肉や魚、牛乳、油脂類など1日に10品目をまんべんなく食べること。その際、カロリー計算やバランスを考えなくてもいい。研究では、食事にバラエティーさがない高齢者ほど、その後の5年間で知的活動や社会活動が低下したという。
東大医学部付属病院手術部の深柄和彦准教授は、「入院時に低栄養状態の患者が2~4割います。その状態では、病気の経過が良くないうえ、手術後の合併症リスクが何倍にもなってしまいます」(同)という。かつての(術後に)口からの摂取ではなく、高カロリーの輸液を点滴で入れればよいという考え方が変わった。腸に直接栄養を届けたときの方が、けがをした患者の患部が膿んだり、肺炎を起こしたりするなど感染症の発生が少ないことが判明したからだ。「腸が大切なのは、体のなかで最も大きな免疫組織であるためです」(同)と話す。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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