【コロナで明暗企業(1)】ロイヤルHD、資本支援策の衝撃~筆頭株主、双日の持ち分法適用会社に組み込まれ、創業事業の機内食は売却(後)
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新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、業績が悪化した企業が増える一方、「巣ごもり需要」などで業績を伸ばした企業もあり、明暗が分かれている。
シリーズ初回はファミリーレストランの「ロイヤルホスト」などを営む外食大手、ロイヤルホールディングス(株)を取り上げる。同社への資本支援策は衝撃的であり、筆頭株主となる総合商社、双日(株)の持ち分法適用会社に組み込まれる内容だ。さらに、創業事業である航空機の機内食事業を売却する。コロナ禍で苦境の外食チェーン大手のなかで、筆頭株主が変わる業界再編の先陣を切った。ロイヤルホールディングスの経営難を徹底分析する。機内食と空港レストランがロイヤルの原点
1951年10月25日、日本航空のプロペラ機が米軍板付飛行場(福岡空港)に着陸した。米ノースウエスト航空からチャーターした機体から、乗客17人が降り、米軍機の間を縫うように空港を歩いた。
福岡から東京への帰路、乗客は風呂敷に包んだサンドイッチと、魔法瓶入りの紅茶を口にした。この質素な機内食こそが、江頭匡一氏(1923~2005年)が創業したロイヤルホールディングスの祖業である。江頭氏が28歳のときだ。
江頭氏は『日本経済新聞』に「私の履歴書』(1999年5月の1カ月間)を連載した。「1951年、飛行機好きの私の心を揺さぶる大きな出来事があった。民間航空の再開だ」として、機内食に乗り出した経緯を綴っている。連合国軍総司令部(GHQ)による航空機の運航停止が解除されたばかりで、日本航空が2カ月前に誕生したところだ。東京から大阪経由で福岡まで1日1往復。「とても商売になるはずがない」と誰も見向きもしなかった。
江頭氏は好きな航空に関連した商売ができると、ひそかに興奮を覚えた。51年10月には、機内食と空港の売店・喫茶について、日航と契約を結んだ。同月25日に日航1号機が就航すると同時に、機内食、空港レストラン事業がスタートした。米軍占領下の空港で鉄条網に囲まれたターミナルは、兵舎を待合室にして雨漏りするほど。そこでカレーライスやコーヒーを売っていた。
最初の五年間は赤字続きだった。不安げな従業員を前に、「今に何十便、二百人、三百人乗りの大型機の時代が来る」と話したことを覚えている。航空運賃は、東京-福岡間の片道で一万一千五百二十円。乗れるのは政財界の著名人や炭鉱主をはじめとする一部の富裕層だけだ。搭乗者名簿が新聞に毎日載っていた。それでもナプキンやつまようじにロイヤルという社名が入れば、金銭では計れない何かを産むと信じていた(「私の履歴書」より)
「外食王」と後に呼ばれることになる江頭氏は、こう書いた。「機内食と空港レストランこそロイヤルの、そして私の飲食業の原点だと思っている」。
ロイヤルHDの原点である機内食事業を売却する。これがもっとも衝撃的だった。創業事業を売却することが、どんな重いものかを他の業界で考えれば理解できる。
カメラ機能を搭載したスマートフォン(スマホ)の普及で、デジタルカメラは衰退の一途をたどっている。では、キヤノン(株)は高級カメラから撤退するか。まずありえない。1933年、カメラ好きの青年、吉田五郎氏、内田三郎氏、御手洗毅氏の3氏が、ドイツのライカのような国産高級カメラづくりを始めたのがキヤノンの原点だ。
ロイヤルHDが創業の原点である機内食事業を売却するのは、キヤノンが原点である高級カメラから撤退するようなものだ。理解を絶するものがある。江頭匡一氏は草葉の陰で、後輩らの所業に舌打ちしているかもしれない。
(了)
【森村 和男】
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