2024年12月22日( 日 )

【アフターコロナの勝ち方(2)】「もつ鍋界のふくや」を目指す~日本一のもつ鍋総合メーカーへ(前)

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(有)楽天地 代表取締役 水谷 崇 氏

 (有)楽天地は福岡市内で、もつ鍋店「元祖もつ鍋楽天地」を12店舗展開(2店舗は準備中)。「日本一のもつ鍋総合メーカー」という目標に向けて、通販にも注力している。同社の水谷崇代表に現状と今後の展望について聞いた。

(聞き手:(株)データ・マックス 執行役員 鹿島 譲二)

BSEの危機を乗り越えて

 ――コロナ禍によって飲食業界を取り巻く状況は一変しました。まずは現状についてお聞かせください。

楽天地 もつ鍋
庶民の味として親しまれる楽天地のもつ鍋

 水谷 もつ鍋は明太子、ラーメンなどと並ぶ福岡を代表する食べ物、いわゆる「ソウルフード」です。「明太子といえばふくや」といわれるのと同様に、当社は「もつ鍋といえば楽天地」といわれる存在になることを目指しています。

 かつて当社は、コロナ禍と同程度またはそれ以上の危機的状況に陥った経験があります。それは2001年のBSE(牛海綿状脳症)の発生です。当時、牛の内臓であるモツは食べないほうが良いという状況でした。今回は食材そのものに問題があるという話ではありません。これまでのところ、当時の経験が生かせているのではないかと考えています。

 BSEという、ある意味でコロナ禍以上の危機を乗り越えられたのは、創業者である私の父・水谷壽が、本業のもつ鍋1本でやり抜いたからだと思います。たとえば、ほかの料理を提供するなど、多角化を目指すことも1つの手だと思いますが、もしそうしていたら、現在の「元祖もつ鍋楽天地」の姿はなかったかもしれません。

 ――政府による時短要請、休業要請などは想定外の出来事だったのでは?

 水谷 まさに想定外の事態が続きました。私は昨年夏の時点で、内心「もうコロナは終息に向かっていくのではないか」と考えていました。第2波のときでさえ、緊急事態宣言が発令されなかったことも、その考えを後押ししました。ただ、インフルエンザと同様、寒くなれば感染の再流行があるかもしれないと思っていましたが、感染拡大の勢いは想像以上でした。冬場は鍋料理の季節ですが、例年とは異なる冬を過ごすことになってしまいました。

 ――何か手は打ったのでしょうか。

 水谷 昨年4月から通販事業に力を入れています。デリバリーに力を入れている飲食店は多いですが、楽天地のお客さまは観光客の割合が多いことから、通販に注力しました。

 当社が目指すのは「日本一のもつ鍋総合メーカー」で、コロナ禍前から通販商品の充実化に努めてきました。店舗での販売に加え、駅や空港、高速道路のサービスエリアでも販売しています。当社が販売するまで、駅や空港などのお土産用のもつ鍋は、もつ鍋メーカー以外の商品しかありませんでした。ここに商機があると考え、自社で営業も行い、販路拡大に取り組みました。

 出店計画も進めており、今月は「アパ博多駅東店」(福岡市博多区)、アクロス福岡(福岡市中央区)、KITTE博多(福岡市博多区)の3カ所で出店しました。

もつ鍋 楽天地 店内
賑わいをみせる店内

(つづく)

【文・構成:新貝 竜也】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:水谷 崇
所在地:福岡市中央区天神1-10-14
設 立:1984年10月
資本金:1,000万円
売上高:(20/2)9億2,674万円


<プロフィール>
水谷 崇
(みずたに・たかし)
福岡市博多区出身。1970年7月16日生まれ。西南学院大学卒業後、94年4月福岡銀行入行、2004年3月(有)楽天地入社。14年から営業本部長として新規出店やプロモーションなど対外的な業務に携わる。19年2月に代表取締役に就任。趣味は読書。

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