2024年11月14日( 木 )

【コロナで明暗企業(4)】ワタベウェディング~海外挙式が蒸発、胃腸薬「キャベジンコーワ」の興和へ身売り(4)

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 海外ウェディングで一世を風靡したワタベウェディング(株)が自力再建を断念した。新型コロナウイルスで不要不急の渡航が禁止され、海外ウェディングが壊滅的な打撃を受けた。多くのカップルが予定通り挙式できず、海外挙式は催行できなくなった。胃腸薬「キャベジンコーワ」で知られる興和(株)に身売りすることが決まった。

ワタベ創業家が、筆頭株主の千趣会と対立

 両社の対立が火を噴いた。日経産業新聞(2018年10月29日付)が、こう報じた(要約)。

 ワタベウェディングの創業家の渡部秀敏会長が取締役会でMBO(経営陣が参加する買収)を提案した。秀敏氏はワタベ中興の祖である渡部隆夫氏の長男にあたる。ブライダル事業への依存を強める千趣会側と、経営の独立を求めて反発する秀敏氏の間の溝は埋めがたかった。グループ全体で34%を保有し取締役会にも役員を派遣する千趣会は(MBOに)反対の意向を示し、対立している。

    両社のハネムーンは終わった。千趣会はインターネット通販に押され、主力のカタログ通販の収益が悪化、経営危機に陥った。ワタベ創業家の秀敏会長は、千趣会と手を切り、新たなビジネスモデルを確立するため、MBOを提案した。これに筆頭株主の千趣会が「反対」している。

 ワタベが社内に第三者委員会を立ち上げて手続きや妥当性を検討してきたが、資金調達をクリアできないことから、秀敏会長は19年2月、MBOを取り下げた。

千趣会は婚礼事業をファンドに売却

 創業家の秀敏会長と、筆頭株主の千趣会のにらみ合いが続くなか、20年春からコロナ禍に見舞われた。新型コロナウイルスの感染拡大により、ブライダル市場が落ち込んだ。ワタベは主力の「リゾート婚」が蒸発して経営が悪化した。

 千趣会は通販事業の低迷を婚礼事業で補っていたが、婚礼需要が激減。20年12月期で39億円の純損失(前期は81億円の黒字)に転落した。

 千趣会は3月23日、婚礼事業を香港投資ファンドのCLASAキャピタルパートナーズに売却すると発表した。地方を中心に婚礼事業を手がけるディアーズ・ブレイン(東京・港)と大阪府内の式場を運営する(株)プラネットワーク(大阪府吹田市)の子会社2社を3月末に売却する。売却額は100億円程度とみられる。

 本業の通販事業は巣ごもりや新しい生活様式による需要増が期待できる。20年12月期は婚礼事業の売上高は前期比約6割減の84億円であるが、通販事業は674億円と同10%増えた。今後は通販事業に注力する。

 婚礼事業の売却にともなって千趣会は21年12月期連結予想を下方修正した。売上高は従来の910億円から760億円に、純利益を20億円から11億円にそれぞれ引き下げた。株式譲渡により子会社2社が連結の対象から外れる。

 婚礼事業の売却により、ワタベを持ち分法適用会社にしておく意味はない。提携は解消することになろう。

ワタベを買収する「アベノマスク」の興和

 昨年、新型コロナウイルス対策として、安倍晋三首相(当時)が「1住所あたり2枚配布」とぶち上げた「アベノマスク」とも呼ばれる布製(ガーゼ)マスクの供給元5社のうち1社が医薬品メーカーの興和だった。興和はこれで一躍、有名になった。

 興和の前身は1894年、名古屋市で創業した綿布問屋。紡績業に進出し、興和紡績(株)として名古屋証券取引所と大阪証券取引所に株式を上場していた。09年12月、同社の三輪芳弘社長が代表取締役を兼務している興和紡(株)が、マネジメント・バイアウト(MBO)のためTOBを実施。10年に上場廃止。創業事業である紡績は行っていない。

 興和は専門商社としてグループを統括している。1954年、興和新薬(株)を設立して製薬業に進出して以降、医薬品事業が主力になる。胃腸薬「キャベジンコーワ」や外用鎮痛消炎剤「バンテリン」で知られる。2019年に興和新薬を興和が吸収合併した。興和は上場していない。

 20年3月期の連結決算は、売上高が前期比3%減の4,225億円、純利益は10億円の赤字(前期は19億円の黒字)だった。「ホテルナゴヤキャッスル」の建替え工事に向けた解体にともなう損失として40億円計上したのが響いた。

 興和のホテル事業の年商は132億円だ。地元で老舗の「名古屋観光ホテル」を運営しており、「ホテルナゴヤキャッスル」の建替えを進めている。19年には、ハワイのワイキキのメインストリーの一等地に超高級ホテル「エスパシオ・ジュエル・オブ・ワイキキ」を開業し、ホテル部門を強化中だ。ワタベの買収によって、自社のホテル挙式まで直営で行う。

 コロナが収束後、婚礼需要は戻り、ワタベの「リゾート婚」は復活する。しかし、ワタベを経営するのは創業家の渡部家ではない。

 興和への売却は、「売家と唐様で書く三代目」(初代が苦労してつくった家屋敷も、三代目となると売り出すことになる)そのものであった。

(了)

【森村 和男】

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