インドネシア・パーム油生産農園視察(ボルネオ直行ルポ)(2)入国の困難を痛感~インドネシア滞在の企業家は入国規制のため無理と断言
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インドネシアへの道は険しい
インドネシアのパーム油生産農園の視察を最終的に決めたのは3月31日である。「ビザは間違いなく取れる」という薩摩氏の言葉を信用して視察に行くことを決定したのである。
会長がインドネシアに滞在して事業をやっている会社の社長に「会長の慰問に行こう!」と誘ってみた。この社長が会長に打診したところ、「とんでもない。入国は簡単にはできないし、入国しても最低5日間はホテルに監禁される。これではビジネスにはならないので、来ないほうがいい」と言われたという。現地の状況を耳にすると「無事に入国できるのかな」という不安がよぎり始める。
「ビザを取る」と約束したパーム油農園オーナーの薩摩氏から「ビザが取れた。7日ANAでジャカルタに直行する」と連絡があった。彼は昨年末から8日間ほどジャカルタに滞在した実績がある。こちらとしては、この実績を信じて、粛々と手続きをするしかない。まず当初の計画通りチケットを手配した。羽田空港7日午前10時10分発の便となれば泊まりが必要となるため、前日6日午後8時10分東京行きのチケットとホテルを押さえる。羽田空港でジャカルタ行きの便に乗り、帰りは現地時間12日にジャカルタ空港午前7時発のANAで、羽田空港に午後4時25分に着き、それから福岡行きの便に乗って午後8時40分に福岡に戻ってくる計画を立て、すべてのチケットの手配をした。
7日に出国して12日に帰国できる。コロナ禍において僅か6日間で日本―インドネシア間を往復できるとは、誰も信じられないであろう。
それからインドネシアへの入国許可書類を準備するのに余念なく過ごした。問題となるPCR検査は南区の病院で受けた。6日夕方には診断書が発行できるとの返事をもらったが、午後5時に診断書を受け取って、午後8時10分の飛行機に乗ることになるため、スケジュール上、綱渡りの状況であった。
福岡空港到着後、家族水入らずで「実質6日間」の久方ぶりの別れを惜しんでいたとき、急遽、悲報を告げるメールが飛び込んできた。「ビザの許可が8日の深夜便でしかおりなかった」という。「あー、会長さんの予告通りになった」とこちらも覚悟した。
「挫けてたまるものか!」
ここで4年前の福岡商工会議所主催のイタリア視察のことを思い出した。当時、フィンランド航空を応援する意味合いで、毎夏同社のフライトに搭乗してのヨーロッパ視察が実施されていた。4年前はミラノからイタリアに入国する予定であった。集合時間に行った。周囲の関係者の顔が異様である。「何か問題が生じたのか」と親しい人に尋ねた。すると「昨日の夕方、フィンランド航空の便が中国・西安で鳥を吸い込んでフライトを中止したらしい。この飛行機が折り返して福岡に向かう予定であったが、飛んで来られなくなった。そのため(予約していた)フィンランド航空の便は使えない」と聞いて絶句した。
旅行会社から「成田空港からカタール・ドーハ経由でミラノに着く」というスケジュール変更の説明を聞いた。まずは帰宅して一眠りし、午後4時ころ発の便で成田へ向かう。それから午後8時過ぎのドーハ行き便に搭乗した。南回りの空路では余分に時間を要するという事実をそこで知らされた。後続の訪問団が到着するまでの4時間、ドーハ空港の待合室で無料のワインとスコッチ・ウイスキーを仲間と2人で飲んで待った。ドーハからミラノまでのフライトは約4時間。最終的に成田からミラノまで19時間以上かかった。南回りにかかる時間は長く、本当にミラノを遠く感じた。今回もジャカルタは遠くなりそうだ。しかし、「ここで挫けてたまるか!」という思いであった。
※本レポートに関する問い合わせは筆者まで。
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