2024年11月26日( 火 )

鳥栖市による「農地法違反」問題 法令違反より深刻な行政のやり口(後)

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 鳥栖インターから約7kmの好立地で進められている「新産業集積エリア鳥栖」整備事業は、27haの農地を先進企業の集積地に変える大型プロジェクト。2006年の正式決定後に推進されてきたが、18年に鳥栖市による農地法違反が発覚。推進の足かせとして横たわっている。用地買収が終了しておらず問題解決のスタートラインにさえ立てていないなか、「違法状態」是正の方法をめぐって市と区長ら一部地元住民が対立していることが明らかになった。

用地地権者と近隣農業者に生じた格差

 18年当時の25.1haの用地買収に投じられた費用は16億7,800万円。提示額は当初より引き上げられた。判明した分だけでも1m26,000円から6,600円に増加。1億5,000万円以上も上昇した計算になる。いうまでもなく血税だが、基本設計で65億円だった事業費は73億円に膨らんでいる。

 幸津町区長は、地権者だけでなく幸津町への補償の必要性を訴えている。新産業集積エリア対象用地は幸津町・下野町・儀徳町。25.1haのうちのほとんどが幸津町で、区長によると幸津町の買収農地は23.53ha。「下野町に対しては用水路に堆積した土砂の撤去に係る補償名目で約3,000万円が支払われていた」(区長)。「負担の大きい幸津町にも同じ性質の補償が必要」としている。

 しかし、区長によると「幸津町には賦課金減少分と用水路整備費補償の約1,700万円しか提示されていない」という。「上積みされた買収費用を含めて地権者には恩恵があったが、ほかの農業者には農地維持負担が拡大するという格差が生じている。これでは区民のコミュニティが分断されかねない」と懸念。「幸津町に提示された補償額を凌駕する上積み費用を周辺農業者への補償費に充てることができたはず」と憤る。

 これに対し市商工振興課は、「補償契約が結ばれていないので話はできない」とノーコメント。区長と市商工振興課の主張が平行線をたどる間に対立が先鋭化し、区長は排水同意書を撤回した。前述した通り、現時点では区長、水利組合長、生産組合長のいずれも同意が取れていない状況にある。

鳥栖市農地法違反をめぐる主な経緯

区長排除のために区民サービスを犠牲

 激化した対立はついに傷害事件に発展する。昨年8月、幸津町区長が市商工振興課職員2人の顔を平手ではたくなど全治数日間のケガを負わせた。区長によると、入院中に2人からお見舞い金計1万円が届いた。区長は互いの立場を鑑み賄賂性があると判断し、市役所にねぎらいの1万円を加えた総額2万円をことづけた。

 数日経って担当者が「受け取れない」と返却に訪れ、押し問答の末に事件が起きた。「返す気があるのならすぐに返しにきてしかるべき。それが不信感を募らせる要因になった」(区長)。その数日後、刑事告訴され罰金刑が確定した。被害者の市職員は、お見舞いに現金を持参したことについて「通常区長のお見舞いに現金をもって行っている」と慣例に従ったとし、返却に日数を要したのは「何回か訪問したが(区長に)会う機会がなかった」ためと説明している。

 区長は「被害者には申し訳ない思いでいっぱいで、深く反省している」としているが、いかなる理由があるにせよ暴力に訴えるのは区民への裏切り行為。適性が問われてしかるべきだろう。「幸津町民から付託を得られなくなれば退く覚悟だが、執行部の方々に事情を説明して上申書を提出し、区の選考委員会を経て再任された」としている。

現地の風景
現地の風景

 幸津町の農業者は「区長はこれまで流れが良くなかった地区行政を変えてくれた。若い人たちが現状に納得して協力してくれる。このままいけば次の世代に引き継ぐことができる。辞められると困る」と話す。幸津町のある女性は「暴力事件は残念でならない。自分がその場にいれば引っ張ってでも辞めさせた」としたうえで、「公務員がお見舞いをお金でもって行ってはならない」と一定の理解を示す。産業団地事業については「推進すべきだと思うが、周辺地域のために登記をいったん元に戻すべき」と区長と同様の意見だ。事件を起こしたにもかかわらず、区長への支持が継続する理由について、幸津町在住の主婦は「透明化を進めたことで区民サービスは明らかに上がった」ことを挙げる。

 前述の「登記復帰したくない理由がほかにある」と見立てる市民は、「委任状と印鑑証明の再取得を敬遠している可能性がある」と指摘する。市は買収に応じた地権者から委任状と印鑑証明を取得して違法な移転登記に活用した。元に戻すには再度2つの署名をもらわなくてはならない。「この手間を億劫がっているのではないか」とにらむ。しかし、「いくらか苦情が出るかもしれないが、説明に手を掛ければそれほど困難なことではない。それこそ、区民と向き合う区長の協力を得ればスムーズにいくはず」という。皮肉なことに、暴力事件の発生が市と区長の区民に対する向き合い方の違いをさらけ出した格好だ。

 そうしたなか、市が区長排除のために住民サービスを代償にしたことが判明した。市が適切と判断する人物に委託する嘱託員には、市の刊行物配布や情報を各町民に伝える業務などがある。今年3月まで市内75町区の嘱託員は区長が兼任していたが、今年4月、市は傷害事件を理由に幸津町区長を嘱託員から解き、後任も置いていない。町民はその事実を知らされておらず、配布物が届かない苦情が区長に届いたという。現在は幸津町のみ市職員が直接配布することになり、遅れた分の配布を終えているとされる。代替の嘱託員を立てない理由について、市は「区長に候補者の推薦を依頼しているが、まだ(候補者を)出していただいていない状況」にあるためと説明している。

 4月22日、幸津町を含む旭地区の嘱託員会と区長会が開催された。区長会に先立って開かれた嘱託員会で、橋本康志市長からは2市3町のごみ処理施設建設問題の進捗や見通しなど重要案件が示されたという。区長は出席を希望したが許されなかった。嘱託員がいない幸津市民には、会合の情報は届けられていない。「発言許可を与えずに参加を許可するなど方法はあったはず。大事な情報を区民に伝えられなかった」(区長)。市は「配布物による情報伝達で公平な市民サービスに務める」とするが、幸津町民だけがほかの町区市民と同等のサービスを受けられない異常事態に加え、1町区のみ2度手間が生じることで市職員の負担も増している。

 市側から見ると3者の同意書を取得するために区長排除は現実的な選択かもしれないが、公僕として聖域を犯す“悪手”を採ったといえる。仮に区長交替を実現しても地元関係者の理解を得ることや用地買収は別問題だ。ある区民は「こうした手法が知れ渡り区長が交代すると用地買収や地域の理解を得られず、さらに混迷が深まる可能性がある」と懸念する。

 区長を含め取材した地域住民は「本当は早く事業を推進したい」と口をそろえる。一刻も早い適正な区民サービスの復活と事業推進に向けて、地域と向き合って農地法違反の状態を是正することが求められている。

新産業集積エリア鳥栖 概要

(了)

【鹿島 譲二】

(前)

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