【ラスト50kmの攻防(23)】急浮上した「佐賀空港ルート」 福岡市・金融センター構想が後押し?
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九州新幹線西九州ルート(博多-長崎)で未着工の「新鳥栖―武雄温泉」間の扱いは、国交省と佐賀県が5月31日、「幅広い協議」を7カ月ぶりに再開。これを挟み、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(PT)の西九州小委員会の会合が前後2回開かれた。
山口知事の意中は「南回りルート」か
着工前段の環境アセスメントの実施ルートを佐賀駅経由が適当とした与党小委に対し、佐賀県は長崎自動車道との並行ルート(北回り)、佐賀空港経由ルート(南回り)を含めた3ルートでの検討を国交省に逆提案。国交省は2カ月以内にルートや概算工事費の試算を報告すると回答した。
「幅広い協議」は、赤羽一嘉国交相がフル規格にこだわらない話し合いを佐賀県の山口祥義知事に呼び掛けて始まった経緯がある。与党西九州小委はフル規格整備を決めているが、山口氏が頑なに拒否。膠着状態に陥ったため、赤羽国交相が仲裁して双方の顔を立てた。
この経緯から、佐賀県は「フル規格」案について協議対象の1つに過ぎないとの立場。一方、政府・与党一体で新幹線建設を推進する国交省は、与党の意を汲みつつ、佐賀県にも配慮を強いられる役回り。
協議は昨年10月23日の3回目を最後に中断。佐賀県側が今春ごろから再開を打診していたものの、国交省がコロナ禍を理由に応じていなかったという。そして5月26日。与党PTの細田博之座長の指示があり、西九州小委が国交省を呼んで会合を開いた。小委はフル規格整備を前提に、「在来線」「地方負担」「ルート」「地域振興」の4項目の方向性を結論付け、与党PTへの報告を確認した。
このうち小委が踏み込んだのが「ルート」だった。初めて佐賀駅経由を適当とした。旧国鉄が1986年1月に公表した環境アセスメントの実施ルートで、国交省や経営するJR九州は「旅客需要が見込める」と判断、与党PТに報告した。ところが、与党内に「北回り」や「南回り」を推す考えがあって割れていた。佐賀県・議会も同様だったため、西九州小委は「佐賀県から具体的な提案、要望があれば、別途協議する」と含みを残した。
この“含み”が効いた。5日後の31日の協議で佐賀県の山下宗人地域交流部長は「比較検討で提案いただくなら、フル規格は真ん中(佐賀駅経由)1つでなく、北(回り)と南(回り)も出していただく必要がある」と3ルートでの検討を、国交省の足立基成幹線鉄道課長に逆提案した。
佐賀県の初めての積極的な反応だった。じつは、「南回り」こそが、山口知事の意中のフル規格ルートだろうとの見方は少なくない。新幹線の新佐賀駅を佐賀空港近くに設置して、空港周辺を九州の物流拠点にする構想で、山口氏の有力支持団体のJA佐賀や佐賀市の大手建設会社なども推しているという。
「南回りルート」の背景に国際金融センター構想?
さらに最近、「南回り」にスポットがあたりそうな佐賀県外の動きもある。新鳥栖―武雄温泉間の新幹線ルートに佐賀空港経由が浮かんでいるのは、佐賀県の事情ばかりではない。昨秋、政府が打ち上げた「国際金融センター構想」に福岡市が名乗りを上げた影響もある。
中国・香港の「一国二制度」が事実上崩壊。日本が、香港の国際金融センター機能を取って代わる壮大な構想で、福岡市は東京や大阪と伍して意欲的だ。ただ福岡空港の定期便の運航が午後10時までに制限され、国際金融機能を集積させるハンディになる。
そこで、飛行時間の夜間制限がない北九州空港や佐賀空港が福岡空港の機能の一部を代替し、佐賀空港近くに新幹線の新佐賀駅を設置して短時間で福岡市と結んで補完する――そんなアイデアが福岡の政財界の一部に出始めているという。
この「南回り」は、JR九州の初代社長、石井幸孝氏が以前から提唱。西九州ルートへのフリーゲージトレイン(FGТ、軌間可変電車)導入が断念された以降は、長崎市などでも精力的に講演している。
石井氏が描く西九州ルートはこうだ。九州新幹線の新鳥栖駅で分岐せず、筑後船小屋駅(筑後市)で分岐。福岡県のみやま市、柳川市、大川市を経て佐賀空港近くを走り、肥前山口駅(佐賀県江北町)で22年秋に部分開業する西九州新幹線と接続する。直線距離なら筑後船小屋―佐賀空港、有明海経由の佐賀空港―肥前山口のどちらも20km弱。実際は後者の大半が陸上を走ると予想され、総延長は50km前後になるとみられる。
「南回りルートは初めて聞いた話。どんなルートが考えられるか。佐賀県と話し合わないと具体的にはわからないが、福岡県内も走るルートになるだろう」と国交省鉄道局。「ルートの多くが、海抜0mから海抜2~3mほどの土地を走る前例のない新幹線になり、地盤改良や橋梁などで建設費が巨額になるのは間違いない」と明かす。
さらに新たな自治体間調整が発生する。博多―筑後船小屋は九州新幹線との共用、分岐後は福岡県内を走るため、同県の建設費負担をともなう。佐賀県では新鳥栖駅の分岐駅メリットが消える。そして何より、県都の佐賀市が、このルートを容認できるかの問題が待ち受ける。
佐賀駅前をはじめ、佐賀市は旧市街地が沈滞気味だ。危機感を募らせる佐賀市議会は5月26日、超党派で「新幹線問題研究会」を初めて開催。今後も断続的に勉強会を開いて、論議の熟度を深めていくという。
今年10月には任期満了にともなう佐賀市長選と市議選のダブル選挙が控える。佐賀駅経由以外のルートが、どこまで支持されるか。「30年先、50年先、佐賀県だけではない、長崎、福岡、九州一帯で新幹線がどう活かされて地域が発展していくか。話をしていく必要がある」。国交省の足立幹線鉄道課長を相手に、佐賀県の山下部長は“ロングスパン”を強調していたのだが。
【南里 秀之】
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