2024年12月22日( 日 )

小売こぼれ話(10)巨大化(マス)のリスク(後)

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オンライン全盛のなかリアル店は何を提供すべきか

 IT関連企業の巨大化は、希望と努力をもって日々を生き抜く中小の企業とそこで働く従業員にとっても脅威だ。IT大手のなすがままにさせておけば、やがてそれは選挙で我が身に降りかかるということを政治家はよくわかっている。だから規制は世界中に広まり、それはますます厳しくなるはずだ。

 IT大手にとって、ロビー活動に大金を投じるしか規制に対する手立てがないなら、努力と工夫で稼いだ利益がロビー活動と課徴金で消える。それはあまりにも情けない状況といえる。

 スケールデメリット。規模の利益は時代、業界を問わず異論がないところだが、規模の不利益も同じだ。巨大になりすぎて硬直化し、時代の波に乗り遅れた企業は家電やアパレル、GMSやデパートなど数限りない。今をときめくIT企業が同じ轍を踏まないとはいえない。

 オンライン全盛である。それはこれからも続く。オンラインがすべてを癒すかというと、おそらくそうではない。人は合理性だけを糧にする生き物ではないからだ。情緒とそれを満足させる文化も必需である。だから、オンラインが消費のすべてを支配するかというと、そうでもない。では、リアルは何を提供すべきか。

 随分前のことだが、ニッチという言葉が流行した。隙間産業などといわれた。大きな市場がないので大手は手を出さない。しかし、視点を変えるとニッチは隙間ではない。最適環境の生存領域である。ボウフラは海では生きていけないが、サメは水たまりで生きていけない。最適の生存領域を探し当てたニッチ産業のなかには世界シェア50%、国内シェア90%という企業もある。自動車ワイパーゴムのフコクはその好例だ。

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 人は情報の多くを視覚で収集する。とくに感動情報はそうだ。オンラインにはあらゆる商品とサービスが溢れている。その提供・提案技術も進化を続ける。そのおかげで、リアルの店の注目度は年々低下し続ける。かつて隆盛を誇った専門店は今や見る影もない。

 「ファッションはもはや我々にとって魅力的なビジネスではない」。アメリカSPA(アパレル製造小売業)のザ・リミテッドの創業者ウェクスナーがアパレル界を去るにあたり、残した言葉だ。

 1963年に米国オハイオ州コロンバスで創業したザ・リミテッドは、デパートとDS(ディスカウントストア)の間にあった真空価格帯に自ら企画・製造する商品を投入。ポリエステルハウスと揶揄されたKマートや高価格帯ファッションのデパートしか選択肢がなかった消費者にとって、ザ・リミテッドは新鮮で感動的だった。その後、女性肌着専門店のヴィクトリアシークレットなどを加えて、20年後に世界一のファッションブランドになった。

 しかし、値ごろでおしゃれな商品と売り場で時代の寵児となり、日本からもチェーンストア関係者が視察に殺到したこのSPAは2017年に倒産した。

 その経営に大きく影響したといわれるのが、2000年にアメリカに進出したH&Mとの競争だ。凋落するザ・リミテッドを横目にH&Mは世界を相手に成長を続け、今やZARAやユニクロと並ぶ世界のトップアパレルのポジションにある。潤沢なアメリカ市場に甘んじたザ・リミテッドと規模拡大のためには自国から出ざるを得なかったH&Mの違いが、企業の勢いの差となったのかもしれない。

 余談だが、ザ・リミテッドに習って専門店業態を試みた日本型大型店は、一部を除いてうまく行かなかった。メーカーから問屋という情報ルートを自らのリスクでリストラクチャリング(再構築)できなかったためと、それをロードサイドとして独立自営の戦略を立てられなかったためだ。

 海外ブランドを買収し、それを足がかりに新業態の創造を図った大手小売もあったが、うまく行かなかった。ユニクロやアルペンなどは、大手ができなかった思い切った挑戦と苦難の果てに現在の地位を手にしたといえる。

 しかし、ザ・リミテッドが消えた最も大きな原因は、消費者に飽きられたことだ。感動が消えれば人は飽きる。個別、差別、区別、特別。人間には半ば無意識に比べる本能がある。それは常に人の胸のなかでうごめいている。世の中が豊かになるほど、それは多岐にわたり複雑化する。それに対応し、要求を満たし続けるのは容易ではない。対応できなければ陳腐化という波に飲まれる。

 次に陳腐化の波に溺れるのは、おそらくアメリカのギャップ(Gap)だろう。H&Mやユニクロなどに続く世界第4位のアパレルメーカーであり、そのロゴをプリントしたファッションで有名だが、ここ数年の経緯を見ると、もはや夕暮れだ。ブランドが大衆化すると、それはもはやブランドではない。残された道は価格で売るだけ。やがて値下げが粗利益に近づく。「半額の半額」。かつての日本型GMSの広告だ。

 食を売るウォルマートのライバルといえばコストコとクローガーだが、三者とも今やコンベンショナル型のフォーマットだ。

 お互いに決定的な差異化の手段はない。強いていえばオンライン部分をどう強化するかだが、リアルを本業にする以上、オンライン構成はある程度行けば頭を打つ。なぜなら、顧客のすべてがオンラインに移行することもなく、かといって、オンラインを利用する新規顧客も増えないからである。たとえばウォルマートだが、店をやめても売上を伸ばしている。しかし、このまま順調にそれが続くかどうかは疑問だ。コストコはオンラインで買うと割高になる。

 ただ、食の市場は巨大だ。エンゲル係数は多くの先進国でも20%を超える。消費市場の5分の1以上が食に費やされていることになる。市場が大きければ、そこにアプローチするかたちも多様化する。ファストフードも含めて、アプローチ戦争の縮図が食に携わる企業の「ラストワンマイル」といえるのかもしれない。

(了)

【神戸 彲】

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