【論考】ウクライナの誤算 米国の軍事的支援があると錯覚(後)
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東アジア共同体研究所 理事・所長
(元外務省国際情報局長)
孫崎 享 氏(2)米国を含め西側はソ連(ロシア)にどのような約束をしてきたか
1990年、ドイツ統一前、ロシアはまだ全面的に統一の支持ではない。とくに、再統一されてドイツ全域にNATO支配が拡大することにソ連は当然懸念をもつ。そんな中、西ドイツ首脳や米国首脳は「NATOを東方に拡大しないから」と説明していたのである。
米国の「National Security archive」編纂「NATO拡大、ゴルバチョフに何を聞いたか(NATO Expansion: What Gorbachev Heard(National Security archive)を見てみたい。
秘密解除された文献はベーカー、ブッシュ、ゲンシャー、コール、ゲイツ、ミッテラン、サッチャーなどがNATO東方拡大に反対する安全保障上の確約を行っていることを示している。
書類1:ゲンシャー外相発言に関する在独米国大使館発国務長官あて電報
1990年1月31日、NATOは当方に拡大しないであろうとのゲンシャー西独外相提言の詳細な報告。書類4:1990年2月9日ベーカー(米国務長官)とシュワルナーゼ(ソ連外相)会談のメモランダム。
ベーカーはソ連外相に中立的(どのブロックも属さない)、ドイツは疑いなく自己の独自の核をもつであろう。しかしながら変化したNATO内のドイツは独自の核兵器を必要としない。NATOの管轄ないしNATO軍は東方に動かないという鉄壁の保障が存在しなければならない(There would have to be iron-clad guarantees that NATO’s jurisdiction or forces would not move eastward)
書類5:1990年2月9日ゴルバチョフとベーカー会談のメモランダム
ブッシュが1989年12月マルタ会談で述べたことを繰り返し、ベーカーはゴルバチョフに語った「もし我々がNATOの一部となるドイツにとどまるなら、NATO軍の管轄は一インチたりとも東方に拡大しない( Baker goes on to say, “If we maintain a presence in a Germany that is a part of NATO, there would be no extension of NATO’s jurisdiction for forces of NATO one inch to the east.”書類10:1990年2月10日ゴルバチョフ。コール会談のメモランダム
コールは会談の初めに、ゴルバチョフにNATOはその活動範囲を拡大すべきでないと信じている( “We believe that NATO should not expand the sphere of its activity.)。ウクライナがNATO加盟を申請するのはいい。しかしNATO側は「東方拡大をしない」とロシアに約束した。これが冷戦後の様州の安全保障の基本だったのである。これを今米国が変えようとし、緊張が生まれているのである。
2:ウクライナ東部の民族問題
今日、「特定地域の帰属をどうすべきか」という問題では、台湾問題でみられるように、「地域住民の意志を最優先する」という考えに異を唱える人は少ない。
ではこの視点に立って、ウクライナ東部や、クリミアはどうなっているかを考えてみよう。
ウクライナ語を母国語とする人々はクリミア自治共和国10.1%、ドネツク州24.1%、 ルガンスク州30.0%であった。他は基本的にロシア語を母国語とする人々と見ていい。こうした多民族が同時に住む場合には、他民族を公平に扱う方法がある。代表的なのはカナダで、ここでは英語とフランス語が公用語となっている。英語系が多いが、英語文化を優先すれば、フランス語文化圏のケベック州は独立する。従ってカナダでは英語と比較的少数のフランス語を共に公用語としている。だがウクライナは激しいウクライナ政策を推進し、ロシア語を母国語とする人々を公的機関から排除した。ロシア語を母国語とする人々は二等国民となり、それならばと、ロシア系住民が独立、ないしロシア併合を目指した。これにウクライナ政府が軍事力で制圧し、ロシア系住民がロシアの助けを求めた。これにロシアが呼応している状況である。繰り返すが、「特定地域の帰属をどうすべきか」という問題に「地域住民の意志を最優先する」という考えを取るのであれば、一方的にロシアを非難できない。
朝日新聞の社説で「8年前にクリミア半島を占領した」と記述しているが、ロシアの軍派遣の目的は住民投票が妨害なく行われるためであり、この投票で国際的監視団も出ているが、投票が大きな不正であったという指摘はない。
興味深い点は、従来からプーチンは「民族自決」を国際法に基づき主張し、彼は国連憲章第一条第二項「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること」での「民族の自決」。および『経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)』 第一条1「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。3 この規約の締約国は、国際連合憲章の規定に従い、自決の権利が実現されることを促進し及び自決の権利を尊重する。」に言及している。
3:米国国民の反応
日本国内ではほぼ連日バイデン大統領や政権幹部の発言を報道しており、米国内はウクライナ擁護一色であるかのような印象を与えている。
だが米国民は今や国内の困難の打開を最優先にしており、ウクライナ支援は決して強くない。
クイニピアック大学調査(2月10日~14日)は「もしロシアがウクライナを侵入したら、米国は軍をウクライナに送るべきか否か(%)の問いで世論調査を行ったが「送るべし」は32%、「送るべきでない」は57%である。
さらに、「ウクライナ情勢でガソリンが高くなったら、誰の責任か」の問いではバイデン;76%、プーチン:77%である。
今回の事件の最大の要因はウクライナ政府・国民が米国はロシアの侵攻を軍事的に守ってくれると思わされ、それを信じたことにある。米国はウクライナのためにロシアと闘うことはしない。このことは多くの米国の同盟国にも該当する。自己の利益に反してまで同盟国は守らない。米国が世界を支配する、冷戦終結後の国際政治は終わりにきた。
(了)
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