福岡市の水素社会に向けた取り組み~交通部門を中心に

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運輸評論家 堀内重人

 福岡市では、水素社会の実現に向けて、水素エネルギー関連産業の振興を目的とした「福岡市水素リーダー都市プロジェクト」を推進しており、水素の需要と供給の両方を拡大するため、さまざまな取り組みを進めている。そのなかでも、環境に優しい燃料電池車の購入に対して補助金を支給するだけでなく、九州大学箱崎キャンパスの跡地に水素ステーションを建設するなど、市を挙げて水素の普及に努めている現状を確認し、今後を展望したい。

福岡市の水素モデル都市への取り組み

 福岡市は、水素社会の実現に向けた取り組みを進めている。背景として、環境問題への意識の高まりがある。水素の特徴として、宇宙で最も豊富に存在する元素であり、かつ最も軽い元素で常温・常圧で無色無臭の気体であることが挙げられる。それゆえ風船などに水素を入れると、浮き上がってしまう。そして水素は、非常に可燃性が高く、燃える気体である。酸素と反応して燃えると、水が生成される。この水素が燃える反応は、エネルギーを多量に放出するため、ロケット燃料などに利用される。

 さらに水素は、重量あたりのエネルギー密度が高く、効率的なエネルギーが得られるため、燃料電池として自動車などにも活用が検討されている。

 水素を活用するとしても、常温・常圧では気体であるため、使うとなると液化する必要がある。水素を液化させるには、常圧では-252.87℃という、絶対ゼロ度付近の極低温まで下げないと、液化しない。この温度は、一度電気を流すと電気が流れ続ける超電導という現象が生じる温度である。極低温まで下げるとなれば大量のエネルギーを消費するため、もう少し高い温度で液化させるために気圧を上げて液化を行う。

 ただし、液化水素は非常に低温の液体であり、水素を保管するには炭素繊維強化プラスチックが軽量でありながら、高い強度をもつため、高圧の水素タンクの製造には適した素材である。

水素製造の流れ、出所:福岡市資料
水素製造の流れ、出所:福岡市資料

 福岡市は、トレーラーのタンクを活用して、圧縮水素を貯蔵する考えである。この場合、鋼材に特殊な加工を施して使用されることになる。このような鋼材は、液化水素タンクなどが高強度のため極低温での使用に適している。

 福岡市では、液体水素を運ぶパイプラインの整備も進めており、これには特殊加工を施した鋼材が使用される。なお、都市ガスで使用されるメタンとは異なり、中圧にして輸送される。

 福岡市は、水素供給パイプラインを整備し、エリア全体に水素を供給する計画を進めており、九州大学箱崎キャンパス跡地を来年度に購入する考えである。そこをベースに、水素の実用化などに向けた取り組みを進めるという。

 福岡市が使用する水素は、下水から発生するメタンという気体を捕集して水素を得るようにしている。メタンは、都市ガスとして使用される可燃性の気体であり、天然ガスとも言われている。

 メタンを燃料として走行する自動車は、LNG車と言われ、NOXやSOXなどの大気汚染物質は排出しないが、燃えるとCO2を排出してしまう。その点でいえば、燃料電池車であれば、水素が燃えた場合、水が発生するため、大気汚染の心配が皆無である。

 下水から発生するメタンを集めて水素を得るため、原材料費は不要であるが、他の都市では下水から発生する熱も利用している都市もあるなど、下水が今後は地域のエネルギーや熱源になることが予想される。

福岡市の環境学習への取り組み

 福岡市は市民に水素を身近に感じてもらうべく、以下の取り組みを進めている。

 (1)乗用車やバス、トラックなどのFC(燃料電池)モビリティへの充填に加え、パイプラインを介してエリア全体にも水素を供給
(2)公共施設や民間施設でも、水素から電気や熱を生み出す純水素燃料電池を導入
(3)「Moving e(ムービング イー)」という燃料電池で動くバスを、市内の小・中・高校へ環境学習用の教材として派遣

 「Moving e」は、水素を利用した移動式発電・給電システムである。このシステムは、トヨタ自動車と本田技術研究所が共同で開発している。災害時に避難所で発電を行うことで、停電した地域への電力供給が可能になる。また、市内の小・中・高校などでイベントを開催する際にも電力を供給できる。

 「Moving e」は、トヨタの燃料電池バス「CHARGING STATION」がベースであり、屋根上に高圧水素タンクを搭載している。また可搬型外部給電器でもあり、これは本田技術研究所の「Power Exporter(パワーエクスポーター) 9000」を使用している。自動車(バス)から電気を取り出して供給することが可能であるから、近未来は自動車=電池として機能する。さらに可搬型バッテリーには、本田技術研究所の「Honda Mobile Power Pack(モバイルパワーパック)」や「LiB-AID(リベイド) E500」を使用していることから、商用電源がない場所では、蓄えた電力を使用することが可能である。

 以上のことから福岡市は、水素の需要創出に向け、行政が率先して水素車両の導入を進めている。2022年にはトヨタ自動車と連携協定を締結し、さまざまな燃料電池車の導入促進に積極的に取り組んでいる。

特殊自動車への普及促進

 福岡市は、下水から得たメタンから水素を製造して、燃料電池車などへ供給する「世界初」の水素ステーションを、15年に開設した。当時は、いまだ福岡市が試験的に導入している燃料電池車への供給のためであったが、22年になると、徐々に燃料電池車が増えてきたこともあり、商用ステーションにリニューアルした。

 23年には、市内の中学校と特別支援学校へ給食を配送する車両に、日本で最初に燃料電池車が導入された。福岡市内の全3カ所の給食センターに、それぞれ1台ずつ配置され、運行している。

 商業ベースの供給ステーションとなることから、福岡市が単独で運営するのではなく、民間事業者も、運営に加わるようになり、24年4月1日より、福岡市が日本で最初にゴミ収集車に燃料電池車を導入したこともあり、営業日を週6日に増やした。

 福岡市では、夜間にもゴミの収集を実施していたが、燃料電池車はエンジン音が静かであるため、市民に静かな住環境が提供されている。また24年に、日本で最初に救急車にも燃料電池車が導入され、福岡市内全域で運用されている。

 このように考えると、徐々にではあるが公用の特殊自動車から、燃料電池車が増加傾向にあるといえる。

FCモビリティの導入例、出所:福岡市資料
FCモビリティの導入例、出所:福岡市資料

補助制度の導入

 燃料電池車は、環境に良いことは分かっていても、購入するとなれば、1台あたり450万円以上もするため、簡単には手が出ない。そこで福岡市は、市民や事業者が、燃料電池車を購入・リースする際に、1台あたり60万円を補助している。60万円の補助を行うことで、実質的な負担が390万円程度に下がるため、購入するためのインセンティブが働くようになる。

 また燃料電池車だけでなく、電気自動車などを普及させたいとも考えている。地球温暖化対策のため、電気自動車(EV)・プラグインハイブリッド自動車を購入する際も、経費の一部を助成している。

 電気自動車であれば、燃料電池車ほど高価ではないため、補助額は1台あたり10万円となる。プラグインハイブリッド自動車の場合は、普及が進んでいることもあり、1台あたり5万円の補助となる。

 ただし、誰でも補助が受けられる訳ではない。補助を受けるには、福岡市に1年以上継続して住民登録する必要がある。「福岡市内に勤務している」だけでは、補助を受けることはできない。

ほかの交通機関への水素燃料導入の可能性

 水素を燃料として使用する試みは、自動車以外の輸送モードでも、水面下で研究や検討が実施されている。

 船舶や港湾関係では、水素を燃料として発電した電気で稼働する荷役機器の導入が始まっている。船舶では、離島航路においてC重油に水素を混ぜた双胴船が運航を開始している。離島航路の場合、離島で水素が無ければ運休になってしまうことを回避するため、C重油と混合で使用せざるを得ない。

 水素を燃料としたフェリーやコンテナ船などの導入可能性であるが、大型船舶への導入も可能である。実際に、商船三井などの企業が、水素燃料エンジンの開発や実証実験を進めているが、水素の導入には数点、課題もある。たとえば、水素の貯蔵や供給システムの開発、燃料タンクの体積が大きくなるため貨物の積載量が減少すること、金属劣化や水素漏洩のリスクなどが挙げられる。

 今後、技術開発が進めば、これらの課題が克服されることが予想される。将来的には、水素を燃料として運航されるフェリーやコンテナ船が就航することが、期待されている。

 航空分野では、バイオ燃料であるSAFが不足することが懸念されているため、まずはリージョナルエアから導入が検討されている。

 水素を燃料としたジャンボジェット機への導入も、技術的には可能である。エアバス社などは、水素を燃料とした大型旅客機の開発を進めている。

 だが水素の貯蔵方法や供給インフラの整備が必要であり、かつ水素の体積あたりのエネルギー密度が低いため、燃料タンクの設計や航空機の構造を大幅に見直す必要がある。

 現在の航空機は、主翼の部分に燃料を入れているが、主翼の形状の変更などが生じるかもしれない。

 航空機は、大量のCO2を排出する上、エネルギー効率も良くないため、航空業界全体が脱炭素化に向けて取り組んでおり、水素燃料の導入もその一環として期待されている。

 最後に鉄道分野であるが、JR西日本が水素の供給ステーションを整備している。JR西日本は、非電化路線を多く抱えるが、JR東日本のように、水素燃料で稼働する実験車「HYBARI(ひばり)」を導入していない。自社で使用する気動車を将来、燃料電池車に置き換えること以外に、中山間地の住宅への供給を考えているのかもしれない。

 JR東日本の実験車「HYBARI」であるが、現在は南武線と鶴見線で試験運行を行っている。水素燃料で駆動する車両は、エンジン音が静かであり、東北地方に非電化のローカル線を抱えるJR東日本としては、次世代型の気動車と位置付けている。現状では水素を補てんしても、運行可能な距離が100km程度であるため、路線長が100kmを超える只見線や水郡線などでは、途中で燃料である水素を補給しなければならない。そして水素は、可燃性であることから、安全性に対する基準も厳しく、全輸送モードのなかでは、鉄道が最後になるような気がする。

総括

 福岡市は日本の都市のなかで水素の活用に関し、先頭を走っており、下水から安価に水素を得る方法の確立や、パイプラインの整備計画、特殊自動車への燃料電池車の普及、燃料電池車などを購入する際に補助金を支給するなど、水素の活用を拡大させる施策が実施されている。

 さらに市民向けのPR教材「Moving e」は、災害発生時に避難所などの電気が必要な場所で、発電して電気を供給することが可能であるため、他の自治体が危機管理の一環として導入することが考えられる。

 離島航路では、C重油と混合で使用が始まっており、今後、技術革新が進めば、フェリーやコンテナ船にも導入されるであろう。これは航空も同じであり、最初はリージョナルエアから始まり、やがてはジャンボジェット機などでも、導入されるようになるだろう。

 そう考えると、安全性や航続走行距離などで課題が多い鉄道への普及が、最後になるような気がするが、50年のカーボンニュートラルの実現に向け、水素の研究開発と利活用が進むことが予想される。

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