2024年09月15日( 日 )

日本は「食えなくなる」のか?(後)

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日本の買い負けが進む国際市場

小麦畑 イメージ    近年、我が国が世界の市場で「買い負ける」ことが普通になっている。その相手はもっぱら中国だ。かつて国全体が貧しく、庶民の消費力が小さかった中国は改革、開放を境に短期間でその構造を一変させた。

 たとえば、コストの安い中国に生産拠点を移した我が国の食品加工業は当初生産品をもっぱら日本に輸出したが、そのうち豊かになった現地の消費者に向けた販売が優勢になった。平成が始まったころだ。

 さらに中国独特の国策ともいえる進出企業の中国化が進み、生産品の現地消費が定着する。見方を変えれば、我が国の消費力の低下でもあった。それは時間の経過とともに加速を続ける。

 当初、養殖飼料用として中国に輸出された小型のサバが現地で加工され、魚総菜として逆輸入されるという現象まであったが、そんな流れは長くは続かなかった。何と言っても14億人という消費市場である。小さな豊かさも国全体で見れば、莫大な量に姿を変える。

 その勢いは目覚ましく、瞬く間に日本は農、畜産品、水産品などの国際市場で中国に買い負けするようになる。もちろんそれは食だけでなく、全産業に影響を与えた。国内の消費不振に見切りをつけ、多くの企業が拠点を中国に移し、販売も中国市場へとシフトした。絵にかいたような、しかもあっという間の逆転劇だ。

やがて来る?飢えという危機

 去る5月14日、世界第二位の小麦生産国インドが突如その輸出を禁止した。国内価格の上昇を抑えるための緊急措置だ。食糧政策の失敗は時の政権基盤に大きく影響する。アフリカ諸国やアフガニスタンなど紛争の原因もたいていは食糧難に起因する。食えなくなれば時代や国情に関係なく、一揆や反乱にたどり着くというのが歴史的事実だ。それは現在にもそのまま当てはまる。ウクライナとロシアが世界に供給する小麦は世界全体の30%近くを占める。輸入国はインドネシアやエジプト、ブラジル、フィリピン、中国などである。

 これらの国に小麦を供給する輸出世界首位のロシアは経済制裁、間もなく収穫期を迎えるウクライナでは多くの農業機械や貯蔵倉庫が破壊され、地域によっては、その収穫もままならないということだろう。輸出できない小麦の在庫は今、2.000万トンを超える。

 戦闘が収束したとしても、主要輸出港オデーサは港湾施設や機雷の問題で、輸出が従来の姿を取り戻すには、それなりの時間を要する。農地に地雷が敷設されているところもあるというから、これらの実質影響が、どの程度になるかはわからないが、世界の消費に与える心理的影響は決して小さくない。それは先物、現物にかかわらず、小麦の国際価格に大きな影響を与える。

 ウクライナは小麦だけでなく、ひまわり油やトウモロコシの輸出国でもある。気候変動で穀物生産が安定しないなか、その国際価格は高騰が必至だ。小麦の世界生産はコメを大きく上回る。そんな世界の主食の不足は、その他の食糧にも大きな影響を与える。

 長い間、政府が必死の旗振りで上昇を促したにもかかわらず、微動だにしなかった物価が、食品を中心にジワリと動き出した。やがてそれは食糧以外にも広がるはずだ。

 麦といえば、昔は白米と混ぜて炊くのが普通の消費の仕方だった。しかし、今や我が国のそれはパンやスパゲティ、うどんなどバラエティーに富む。それらが食卓から消え、コメだけが選択肢として残される。しかもその価格は高い。その悲惨さは容易に想像できるはずだ。

 ちなみに砂糖のヤミ価格は配給品の50倍という例もあった。モノがなくなるとはそういうことである。

 時代、場所を選ばず、食の確保は国の重大戦略だ。油がなくてもある程度は生きていけるが、10日も食えないとなると人は死ぬ。「パンが無ければ米を食え」は、もちろん国家戦略とは言わない。小麦や油脂だけでなく、農業資材、農薬原料、家畜飼料など食に関する多くを我が国は輸入に頼る。インドだけではない。どの国もいざとなったら自国優先だ。

 隣百姓の国に危機は予告なく、ある日突然やって来るかもしれない。

(了)

【神戸 彲】

(前)

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