農水省「新食料戦略」で安全保障と輸出拡大(前)
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農林水産省は2021年5月12日、食料の持続可能性の確保に向けた「みどりの食料システム戦略」を策定した。食料危機などに対する安全保障や輸出拡大、SDGsの実現に向けて、どのように取り組むのか。農林水産事務次官・枝元真徹氏、元農林水産省種苗課長でコーネル大学終身評議員・松延洋平氏、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏が鼎談を行った。
農林水産業の持続可能性
──食料の安全保障という意味で欠かせない役割を担う農林水産業ですが、今回策定された「みどりの食料システム戦略」は今の世界情勢も踏まえて、どのようなことを目指していますか。
枝元 農林水産省が2021年5月12日に策定した「みどりの食料システム戦略」は、地球温暖化が進むなかで日本の食料や農林水産業が置かれている現状に危機感をもち、災害の激甚化などによる食料供給への影響の課題に対して、中長期的に農林水産業の生産性の向上と持続可能性の確保を両立することを目指しています。
食料の安全保障という点では、地域の食料やエネルギーを地域で使える仕組みが経済として成り立つようにすることが大切です。直近のウクライナ情勢に関しては、ウクライナは小麦の大生産国であり、日本はウクライナから小麦を直接輸入している訳ではありませんが、小麦の国際相場が大幅に上がっているため、日本が輸入する小麦の価格も高騰しています。日本は多くの小麦を輸入に頼っているため、日本国民の食料を安定して供給できるかということが課題になっています。
また、農業で使われる肥料の原料はほぼ100%を海外に依存しているため、農業の持続性を維持することを考えると、今のように海外から輸入した肥料に頼っている日本の農業が20~30年先にも成り立つのかという問題があります。
ウクライナ危機による小麦や肥料などの価格高騰に関しては、22年4月26日に公表された「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」により、化学肥料の原料の調達先の多角化、家畜のエサとして使われる配合飼料の価格高騰による影響の緩和、輸入小麦の代替として国産小麦や米粉の利用拡大、輸入材の代替として国産材への転換、水産加工品の代替原料の調達を促すなど、予備費を利用して緊急対策を行っています。たとえば、肥料の調達国を変えるときに増えるコストを軽減できるように助成をしたり、配合飼料の価格を安定させる「配合飼料価格安定制度」の財源が穀物価格の高騰により不足する可能性があるため、「異常補塡基金」の財源を積増したり、発動基準を引き下げるなどして、生産者の負担を軽減しています。
WTOの「関税及び貿易に関する一般協定」第11条では、輸出国の食料の危機など例外的な状況を除き、食料の輸出禁止および制限は行ってはならないと規定されています。世界ではコロナ禍で輸出規制が起こっていますが、農林水産省は輸出規制をすべきではないと考えており、ウクライナ情勢がおよぼす世界の食料安全保障への影響を議論する22年3月11日に開催された「G7臨時農業大臣会合」でそのことを説明しています。
松延 「みどりの食料システム戦略」では、どのような目標を掲げていますか。
枝元 「みどりの食料システム戦略」の目標は、50年までに農林水産業のCO2をゼロエミッション化し、化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減し、化学肥料の使用量を30%低減し、有機農業の取り組み面積の割合を耕地面積の25%まで拡大することを掲げています。生産や調達、加工・流通、消費に関して持続可能な食料システムをつくるためには、国民が理解し、国民が行動を変えることが不可欠です。今回の戦略に基づいた「みどりの食料システム法」を国会に提出しています。
社会の土台となる農林水産業
松延 農林水産業のSDGs(持続可能な開発目標)を掲げているのは、先進的ですね。
枝元 農林水産業とSDGsはとても深く関わっています。SDGsの土台には水、森林、土壌などの自然資本があり、そのうえに医療や教育などの社会関係資本があり、一番上に経済活動があります。農林水産業は人が生きる土台となる食料をつくる産業であり、自然資本に関わるため、農林水産業が持続可能であってこそ、社会生活や経済活動が成り立ちます。たとえばCO2の削減に関しては、農林水産業はCO2を排出して環境に負荷を与えますが、農地や森林などによりCO2を吸収するという2つの側面があります。それぞれの人が身近なところから気づいた課題に取り組むことが、SDGsの目標を達成する第一歩です。
「食から日本を考える。ニッポンフードシフト」では、消費者、生産者、食品関連事業者、行政がこれからの「食」を考える議論を行っています。また、食に関連する持続可能性を高める情報を企業と共有して議論する、「あふの環プロジェクト」を展開しています。
松延 「みどりの食料システム戦略」を国民に理解してもらうのに、苦労されてきたかと感じます。この戦略を国民に理解してもらうために、どのような工夫をしていますか。
枝元 多くの生産、資材、流通、消費に関わる団体と対話を重ねて戦略をつくったため、農林水産業の現状に対する危機感や戦略の方向性は共有できていると考えています。一方、消費者は環境に優しい商品と価格が安い商品があると、価格を重視して商品を選びがちで、生産体制や国民の消費行動を実際に変えていくのは難しいことです。しかし、国民が行動を変えなければ、この戦略を実現できません。農林水産省が現場に出向いて取り組んでいますが、環境に良い現場の取り組みが横展開できるようになれば大きく変わるだろうと考えています。
「みどりの食料システム戦略」を実現できれば、農林水産業の市場規模は現在の129兆円から272兆円まで拡大すると見込まれています。ビジネスとしても有望な市場であり、農林水産業はスマート化やDXも含めて裾野が広い産業であるため、持続可能なものとなるようビジネスとして多くの企業に関わってほしいと考えています。
(つづく)
【石井 ゆかり】
<プロフィール>
枝元 真徹(えだもと・まさあき)
農林水産事務次官。1961年3月9日生まれ、鹿児島県出身。東京大学法学部卒業。84年農林水産省入省、2011年大臣官房秘書課長、13年水産庁資源管理部長、16年農水省生産局長、19年大臣官房長、20年8月より現職。松延 洋平(まつのぶ・ようへい)
国際食問題アナリスト。コーネル大学終身評議員。1935年福岡県生まれ。農林水産省種苗課長、消費経済課長や内閣広報審議官、国土庁官房審議官などを経て、㈶食品産業センター専務理事を務める。愛媛大学客員教授、青山学院大学WTO研究センターシニアフェローとなり、98年ジョージタウン大学法科大学院客員教授に就任。法政大学IT研究センター顧問、日本危機管理学会理事、NPO法人NBCR対策推進機構副理事長を務める。著書に『食品・農業バイオテロへの警告―ボーダーレスの大規模犠牲者時代に備えて』(日本食糧新聞社)、共著に『どう考える? 種苗法 タネと苗の未来のために』(農文協ブックレット)。中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。業務本部米州部長補佐、開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、大連外国語大学客員教授。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国競争情報協会国際顧問など。著書・訳書に『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)、『成功企業のIT戦略』(日経BP)、『知識情報戦略』(税務経理協会)、『国際経営戦略』(同文館)など多数。関連記事
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