2024年09月15日( 日 )

象徴としての安倍元首相銃撃事件

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作家・金堀 豊

霞が関 イメージ    山上徹也による安倍晋三元首相銃撃事件は歴史に残る事件となろう。安倍政権が歴代最長のものだったからではなく、彼がある時代の日本を象徴するものだったからである。今度の事件には安倍元首相に代表される「日本」に対する全否定の意思が示されている。容疑者・山上が個人的に何を思ったかは別にして(それはそれで究明されねばならないが)、この事件には象徴的な意味が含まれているのである。

 象徴という言葉は、たとえば日本国憲法に「天皇は日本国と日本国民統合の象徴」とあるように、それ自体であって、それ自体を超えた意味合いを示すものである。歴史においては、山上容疑者も安倍元首相も単なる個人ではなく、象徴的意味を帯びるのである。今度の事件は1つの象徴がもう1つの象徴に「否」を突きつけた事件ということになる。

 前者が一市民であるのに対し後者が公人であるから、事件は民の官に対する抗議の一形態ということにもなる。法的には犯罪行為として処理されようとも、歴史的には「暗殺」という政治行為である。

 山上容疑者は「旧統一教会が憎くてやった」「安倍元首相が旧統一教会と関わっていると思ってやった」と言っているが、これすなわち彼の行為には政治的意図があったということだ。彼は安倍元首相の政治的立場に反感を抱いたのではなく、国を代表する政治家が自分の家族を破壊してしまうような狂気のカルト集団に接近したこと自体を、政治家としてあるまじきこととして許せなかったのである。でなければ、どうして安倍元首相を狙ったのか。

 要するに、事件は政治と宗教の癒着に対する抗議であり、それ自体が政治的である。これを容疑者の異常心理、あるいは旧統一教会の運営システムの問題に還元してしまえば問題をすり替えることになる。

 戦後日本における政治家の暗殺事件といえば、1960年に起こった山口二矢による浅沼稲次郎(当時の社会党委員長)暗殺事件がある。山口は事件当時17歳の少年、大日本愛国党の活動家で、極右思想の信奉者であった。山口の場合は意図が明瞭で、浅沼暗殺事件はある政治イデオロギーが別の政治イデオロギーを抹殺しようとした行為ということになる。

 事件自体は個人の犯罪として片付けることが可能だが、もしこれが集団による暴力となり、それが成功した場合にはどうなるか?「革命」という称号を得ることになること必定である。法は国家と社会の秩序維持のためにあるが、国家と社会が機能していないと判断する側にすれば、法を破ってまでそれを是正する行為は「正義」なのである。いわゆるテロ事件は、この種の「正義」に立脚する。

 今回の安倍元首相銃撃事件を浅沼委員長暗殺事件と比べると、明らかに異なる面がある。前者の容疑者である山上徹也には後者の実行犯である山口二矢とちがって、これといった政治的信条はない(ように見える)。従って、これをテロ行為と考えることは難しいのである。ただし、そこに政治性がまったくなかったのかというと、先にも述べたように政治性は確実にある。従って、今度の事件を暗殺事件の1つと数えることができるのである。

 言い換えれば、山上によって殺害された元首相は山上の直接の知り合いではなく、山上にとって1つの政治的象徴だったということである。山上が憎んだのは、自らの家族を崩壊させた宗教集団に微笑みかけた超大物政治家としての安倍元首相であり、その存在が現代日本の根幹に触れるものと判断したからなのである。つまり、山上の行為は家庭的事情に発してはいるが、それが現代日本の象徴である安倍元首相の命を狙ったものであることによって、歴史的な意味をもつ。一見飛躍して見える山上の論理には、多くの政治的意味合いが蔵されている。

 メディアは言わないが、山上容疑者の動機は正義感である。だからこそ、彼は「成敗」という語を用いているのだ。正義とは戦後日本が抹殺してきた観念の1つである。国家と社会は、何が正しいかを問うことが政治的・社会的混乱を招くからという理由で、これを封殺してきた。それに対する復讐の念が、山上の犯罪行為を動機づけている。

 初めに安倍元首相は日本のある時代を象徴すると言ったが、バブル崩壊後も現実と向き合えず、いつまでも「大国日本」を夢見る日本の代表が安倍元首相だったのである。この夢にしがみつく日本人はいまだに多く、メディアの姿勢にもそれが感じられる。だが、この夢は虚妄であるがゆえに、多くの犠牲を強いてきたのである。その犠牲者が、たとえば山上容疑者とその家族なのである。

 システム工学からすれば、システムが機能しない時にノイズが生じる。今度の事件は令和日本におけるノイズなのである。かつて三島由紀夫が市ヶ谷で割腹した事件も戦後史におけるノイズである。今回の事件はそれに匹敵する。

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