終結が見えないウクライナ戦争、ロシアの本音を読み解く(前)
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慶應義塾大学法学部教授
細谷 雄一 氏いまだ終結の兆しが見られないウクライナ戦争。ロシアがウクライナに侵攻した意図やウクライナ戦争が世界情勢に与える影響、どうなれば戦争が終結するかについて、欧州、ロシア情勢を見つめ続けてきた世界政治史学者、慶應義塾大学法学部教授・細谷雄一氏に聞いた。
ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか
「ロシアにとって、国家の安全を守る『安全保障観』は19世紀から変わっていません。欧米や日本は国際連盟や国際連合という組織をつくり、国際社会のなかで安全を確保してきましたが、ロシアは領土を広げ、勢力圏を形成し、自国の周りに緩衝地帯をつくって外国からの侵略を防ぐことが、国家の安全を守ると考えてきました」と慶應義塾大学法学部教授・細谷雄一氏は話す。
ロシアのプーチン大統領は、核兵器を多く所有していることが大国の条件であり、国際社会は大国のパワーバランスで決まると考えている。「ウクライナは国家ではない、自己決定権のない国家は植民地と同じだ」と主張してきたが、これは世界が大国による「ゼロサムゲーム」で決まり、ウクライナがロシアの勢力範囲にならなければ、米国の勢力範囲になるという見方によるものだ。そのためプーチン大統領は、ロシアの「植民地」であり、自らの運命を決定する権利がないウクライナが、北大西洋条約機構(NATO)の拡大によりロシアから離れて米国の「植民地」になるのを止めなければならないと考えた。これが、ロシアがウクライナに侵攻したきっかけであろう。
「ロシア政府は、米国が『NATOを東方拡大しない』という約束を破り、ロシアの安全を脅かしたことをウクライナ侵攻の理由にしていますが、そのような明文化された『約束』はありません」(細谷氏)。1990年の東西ドイツ統一のための交渉において、当時ソ連のミハイル・ゴルバチョフ最高会議幹部会議長は、「(西ドイツの)NATO軍が東ドイツに広がることは認められない」と述べた。第二次世界大戦後、しばらくの間ソ連が東ドイツを占領統治していたのに対し、米国、イギリス、フランスは旧西ドイツを占領統治していた。ジェイムズ・ベイカー米国務長官は、東西ドイツの統一を実現するためには、ソ連に対して何らかのかたちで安全を保証することが必要だと考えた。そのような認識から、ゴルバチョフとの会談のなかで、西ドイツに駐留するNATO軍を「1インチたりとも」、東ドイツに常駐させることはないと提案した。これはあくまでも、ベイカー国務長官が交渉のなかで言及したに過ぎず、NATOとソ連との間で正式に合意したものではない。そのような交渉中の言及を「約束」と位置づけ、それをNATO諸国が守らなかったのでウクライナを侵略したというのは、国際法上、到底容認できる論理ではない。
(つづく)
【石井 ゆかり】
<プロフィール>
細谷 雄一(ほそや・ゆういち)
慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治史・イギリス外交史。1971年千葉県生まれ。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹。現在、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員。
主な著書に『戦後国際秩序とイギリス外交―戦後ヨーロッパの形成 1945年~1951年』(創文社)、『倫理的な戦争―トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)、『国際秩序―18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書)。近著に『世界史としての「大東亜戦争」』(編著、PHP新書)。関連記事
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