2024年12月23日( 月 )

上海のアウトドア事情・釣り編

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釣り人 イメージ    上海は「海納百川」ともいわれるほど川の多い都市である。母なる河、黄浦江をはじめ、大小さまざまな水路が縦横無尽に走る。それに加え、大小の公園には必ずと言ってよいほど人工池がある。それゆえ上海での釣り人気は意外に高い。中国で大人気の動画サイト、TikTokにある釣り関連の動画の「いいね」は2020年には8億回を超え、釣りトピックは700万回再生されたという。

 ジョギングコースの虹橋空港周辺には幅20~30mほどの水路がめぐらされ格好の釣りスポットになっている。夏ともなれば、この水路沿いにカフフルなパラソルが並び、その下から何本もの釣り竿が伸びる。一見すると「ヘラブナ釣り」に見え、その身なりと姿勢もなかなかさまになっている。釣りの風景を見る度に幼少期が懐かしく思い出される。釣り好きの父は、まさしく釣りバカで朝な夕なに自宅でヘラブナ用の釣り竿の手入れや仕掛けづくりに精を出していた。小学生時分は土曜の昼に母がつくった弁当を釣りに出かけた父に届けに行き、そのまま父の横で釣り竿を垂れていた光景は今でも鮮明に憶えている。細長い竿を手に、水面から半分浮き出て波間にかすかに揺れるカラフルなウキに視線を釘付けにしたまま過ごすその時間は、今にして思えば、まるで座禅のようでもあった。風、陽光、波、鳥や虫の声、自然のただなかに身を置いて過ごす無の時間だったように今さらなからに思う。上海に移り住んでほどなく、知人の運転手に「釣りに行こうよ」と再三誘われたことがある。当時の水路はヘドロばかりの泥水で、行く気すらなかった。しかし、その後、都市開発と並行して水環境の改善が急速に進み、完全浄化された人工湖まで現れた。また経済の急成長にともない、仕事のストレス増加と暮らしの豊かさから釣りを趣味とする層が増えていく。こうした釣り市場の拡大につれて、シマノやタイツなどの日本の最新ギアが出回り、その改良も進む。

 初期の竹竿は今では立派なカーボン製の竿に主役の座を奪われた。若者世代でも釣りはブームになり始めているという。ECのTモールによると、年間200万人もの30歳前後の若者が釣り具を購入しているのだという。ただ、日本の釣り事情とは少し異なるのが上海の釣りである。キャッチアンドリリースが普及している日本とは違い、上海ではあくまでも「食用としての魚」が主流だ。立派な型のフナや鯉、バスなどをバケツやたらいに入れたまま売っている釣り人を道端で見かけることもしばしばある。

 そういえば、十年ほど前、仏教信者の義母の希望で、「放生会」(ほうじょうえ)に立ち会ったことがあった。「放生」とは、魚や鳥などの生き物への慈悲を表すことで功徳を積白仏教儀礼である。当日も高僧がお経を唱えるなか、数百匹の鮒と鯉が公園の池に放された。読経のなか、ひと時の厳かな気分に浸っていると、少し離れた場所から歓声が挙がった。何事かと見やると橋の上の数人が興奮気味に何かを見下ろしている。気になってそちらに目を移すと、中年男性の釣り人の釣り竿が折れそうになるくらいにしなっており、竿先を見ると何やら巨大な生き物が水面をうごめいている。それが巨大な鯉であることはすぐに分かった。数分の格闘後、1mもあるうかと思われる巨大鯉を釣り上げ、その釣り人は周囲の人たちから拍手喝采を浴びて意気揚々としていた。その光景に思わず苦笑いする自分がいた。お坊さんが市場でせっかく買ってきた魚をあちらで「放生」し、その魚を今度は釣り人がこちらで釣り上げている。その魚が今晩の食卓に並ぶのか、あるいはどこかのお店に並ぶのかはわからない。が、これこそ仏教でいう「輪廻転生」なのかもしれない、とひとり合点しながら苦笑したのである。

 そんな上海の釣り事情だが、私はあの長風公園や魯迅公園の池でのんびり糸を垂らしているおじさんたちのスタイルになぜかひかれてしまう。それは山水画に幾度も描かれてきたイコンヘの憧れからかもしれない。大自然の片隅でひっそりと釣り糸を垂れる釣り人の姿。それは「天下を釣っている」と豪語して釣り人から天下人となった太公望や、理想に敗れ川辺を放浪する屈原に語りかけた漁夫のような、自然のなかで自由に静かに生きる人物の姿と重なるのである。激変するコロナ禍、私たちもまた釣り人のようにひたすらに「ポストコロナ」を待つのも悪くはない。2mほどの程よい間隔で完全なソーシャルディスタンスを保持する釣りはコロナ禍で格好のレジャーの1つと言っても過言ではなかろう。


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