2024年07月17日( 水 )

浦島太郎は途方に暮れている~約30年の首都圏居住経験者が見る福岡(1)

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街の魅力について

福岡市 西新 イメージ    初っぱなから他県の話題になって恐縮だが、埼玉県に川口市という街がある。筆者が首都圏で最も長く、帰郷する直前まで20年近く暮らしていた街だ。

 埼玉県の南部に位置し、東京都の北区、足立区と隣接している。吉永小百合さん主演の映画「キューポラのある街」の舞台となった鋳物の街として広く知られるが、東部は自然豊かで植木産業も盛んな街だ。2011年(平成23年)に鳩ヶ谷市と合併し、人口は60万5,545人(2022年1月現在)で、県庁所在地のさいたま市に次ぐ2位となっている。

 JR京浜東北線と埼玉高速鉄道、さらにJR武蔵野線の一部区間が市内を走っている。なかでも、京浜東北線の川口駅は東京駅や横浜駅、大宮駅と1本でつながり、隣駅の赤羽駅からは埼京線で池袋・新宿方面へと、主要駅へのアクセスが優れている。そんな地理的状況から、東京のベッドタウンとして成長。都内に通勤・通学する市民が多く、自らを「埼玉都民」と自虐混じりに称することもある土地柄だ。

 ご存じの通り、埼玉県は「ダサいたま」というキャッチフレーズでも有名。そのせいか、交通アクセスの良さや家賃、物価などが比較的低い川口市も、近年までは街の知名度や好感度がそれほど高くはなかった。ちなみに、川口駅の隣駅・西川口駅周辺には10数年前まで一大風俗街があり、それゆえに知名度が高かった。現在ではその面影は限りなく薄くなったが、このことがこの街の好感度を低くする要因になっていた。

 その川口市における近年最大のトピックスは、住宅ローン専門会社「ARUHI」による「本当に住みやすい街大賞」において2020年と2021年、第1位にJR京浜東北線「川口」が選ばれたこと(なお、2017年は10位以下、2019年は4位、2022年は2位)。こうした結果に、市長をはじめとする市政関係者は当然ながら大喜びだった。駅前にそれを誇らしげに伝える大きな横断幕が掲げられていたほどだった。

 ただ、市民の受け取り方は複雑だったようだ。その理由として、鋳物工場を中心とする工場地帯の再開発により高層マンションが林立することで人口が増加。それにより地価や家賃、物価が上昇したこと、さらには駅前にあったデパート「そごう川口店」が2021年2月28日に閉店するなどしたことにより、市民生活の利便性が必ずしも向上していないことなどがあげられる。そのため、「1位になった根拠がよく分からない。不動産業界の陰謀だ!」などと、酒飲み話で盛り上がることもあった。

 市民の感覚からすれば、1位になるほどの住みやすさを実感できない部分があったわけだ。余談になるが、筆者が街の評価が高まるなかで残念でならなかったのが、再開発が進むにつれて地元ならではの特色のある商店や飲食店が減り、代わってチェーン店が増え、地域色が薄れてきたことだった。とはいえ庶民的であることは変わらず、なかでも川口駅周辺は福岡市内でいうなら、地下鉄空港線の西新駅周辺に近い雰囲気があると筆者は勝手に感じ、そのせいもあり、かれこれ20年近く暮らし続けることになってしまった。

 さて近年、上記のように街や地域の魅力をランキング形式で評価することがよく見られるようになってきた。なかには福岡県、あるいは福岡市を1位、あるいは上位とするものも近年見られるようになってきた。このことは、川口市の状況と似ているように筆者には感じられる。ただ、注意しないといけないのはあくまで指標の1つに過ぎないということだ。川口市も同様だが、もっと低い順位となっているランキングもある。何よりも大切なのは評価が市民の感覚とずれていないかではないだろうか。

 とはいえ、福岡は総じて好感度が高いように思われる。筆者は2022年5月に福岡市の実家に転居してきたが、福岡に戻るにあたり首都圏にいる友人・知人たちから「福岡に戻れるなんて幸せだね」という旨の話をよくされた。「何を根拠に?」と思っていた筆者だが、同時に福岡という地域は全国的に見て評価が非常に高いことを改めて認識することとなった。おそらく、その評価の高さには食事がおいしい」などといった従来型のステレオタイプの知識に加え、天神ビッグバンなどに関するメディアの報道量が増えたことにより、「元気な街」といったイメージが高まったからのように思われる。

 ところで、なぜ川口市の話題からこのコラムを最初に持ち出したかというと、それは街の魅力について考える良い事例になると考えたからだ。もう1つは何より、筆者が福岡のことをあまり知らないことがある。大学進学以来30年以上の間、盆暮れなどにちょくちょく帰省していたし、首都圏でも福岡に関する報道はチェックしていたが、福岡の約30年の変貌について有する情報や知識は非常に限定的であり、年齢的に活動範囲が限られていたから、大学進学以前のことについても同様である。

 だから今、その変貌ぶりには大いに戸惑いそれは途方に暮れるレベルで、おおげさではなく700年後の世界に戻ってきた浦島太郎のような感覚だ。このコラムでは、そうした心境に基づきながら、一方で福岡との一定の距離感を生かしながら、福岡について感じていることを記してみたい。今回を含め5回にまとめる。

(つづく)

【住生活ジャーナリスト/田中直輝】

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