2024年07月16日( 火 )

ヨーロッパから見た日本の政治事情(2)

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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

フランス イメージ    移民問題で悩む点で、フランスはヨーロッパ先進国の代表といえる。この国の問題は、ナチスの悪夢に苦しんだ挙句「民主国家」を樹立したドイツと異なり、18世紀末のフランス革命で確立された「自由・平等・博愛」を国是としている点にある。これが強力な建前となっているために、移民問題についての動きが鈍り、現実問題に対処しきれないでいる。

 フランス社会もほかのヨーロッパの社会も移民に対する差別が厳然としてある。これを本音とすれば、建前としては移民の優遇、移民への理解となる。歴代のフランス政府は、右派であれ、左派であれ、移民をできるだけ早くフランス人にすることを目指した。これによって、何とか建前と本音を一致させようとしてきたのだ。すなわち、移民をすみやかに国民とすること、フランスの社会文化に同化させること、これを目指してきたのである。

 この同化政策は、しかし、時として国是に反した動きを生む。その端的な表れがイスラム女性の水着(=ブルキニ)を禁止する政令で、これが一部の自治体から出されたのである。これに対しては、「自由・平等・博愛」の立場から、どのような水着であろうと許容すべきであり、信教の自由を尊重する立場からもイスラム教徒はその宗教的慣例に従って当然であり、これを尊重すべきだという意見が出された。

 しかし、同化政策を支持する側からは、イスラム教徒であろうとなかろうと、もはや彼らは移民ではなくて国民なのだからフランス風にすべきだ、という主張がなされる。そういうわけで、国民の意見は二分したのである。

 それより前、2011年にはイスラム女性のスカーフ(=ブルカ)の着用禁止令が出されている。これは2004年に制定された公立学校におけるヒジャーブ(スカーフ)禁止令に続くもので、公共の場で顔を覆うものを着用することを禁止する法律である。その理由はというと、その種のスカーフは「円滑な人間関係」を妨げるからというのである。

 フランス国内では、これに対しても「信教の自由・基本的人権」の観点から反対意見があったと聞く。しかし、「同化政策」が国是を押し切って、前述の禁止法は実施された。

 なぜそうなったかというと、移民差別が激しくなるのを政府が恐れたというのが1つある。いつまでもイスラムの風習を守り続けると、差別の対象になりやすいという「親心」からというわけだ。本音はというと、移民労働者なしにフランスの経済は成り立たないという現実があり、移民を追い出すわけにはいかないのだ。そういうわけで、同化政策は強化され続ける。

 この政策は長い目で見れば正しいのかもしれないが、身にまとうものにまでケチをつけていいものか、疑問は残る。この理屈を押し進めれば、多数派の風習と異なる風習はその存在を抹殺されることになるではないか。

 さて、かくも難しい移民問題をここで取り上げたのは、日本でも似たような問題が早晩起こり得ると思うからである。日本にはフランスのような国是はない、などとはもはやいえない。日本国憲法はフランス革命の精神を受け継いだアメリカ合衆国の思想を反映したものであり、しかもそれは現代世界の主流思想にも合致するものだからだ。

 現在、日本には日本人一般が思っている以上に外国人労働者が多く、その数は増え続けている。そのうち大量の移民を受け入れざるを得ないほど労働力が不足する時代が必ずやって来る。ところが、政府はそれに対処する法令の整備をしていない。国民の教育もそれへの配慮が欠けている。しかも、日本は島国であり、鎖国時代の影響もあって、よそ者と共生する訓練がない。口では「国際性」を叫んでも、実践はほど遠いのだ。

 そのことを裏づける一事として、在日韓国・朝鮮人へのヘイト活動を挙げることができる。在日韓国・朝鮮人は日本人とあまりに近いので近親憎悪が起こるのだという説明もあるが、日本人が他者に対する寛容度の高い民族かどうかは疑ってかかる必要がある。幕末明治の攘夷運動や、近代におけるアジア人蔑視を忘れてはならない。

 では、どうすればいいのか。まずは自分たちのメンタリティーを徹底復習し、人道的理想に走らずに現実を見据えることが必要だろう。次に、移民問題で悩んでいるフランスのような国の現状を勉強することである。そのような過程を踏まえて、初めて学校教育を改革し、法制化の準備をすることもできる。そういう過程を経ずに、なし崩し的に移民を受け入れてしまったら、大変なことになること必至である。

 このように言ったとて、日本人のどれくらいが真剣に受け止めるだろう。ある空港で体調不良を訴えた外国人を、係員が「言葉が通じない」という理由で放置し、死なせてしまった事件があったではないか。日本がそのような国であり続けるかぎり、移民を大量に受け入れることなどできない。となれば、この国の将来は暗いと言わざるを得ないのである。

(つづく)


<プロフィール>
大嶋 仁
(おおしま・ひとし)
1948年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。75年東京大学文学部倫理学科卒。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し名誉教授に。

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