【鮫島タイムス別館(8)】ウクライナ戦争・安倍氏急逝で国内政治に地殻変動
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2022年は日本政界に地殻変動が起きた年だった。震源地となったのはウクライナ戦争と安倍晋三元首相の急逝である。
上半期最大のニュースはロシア軍のウクライナ侵攻だった。国連常任理事国のロシアが自ら国際秩序を打ち破ったことは許されない暴挙である。一方、米国はウクライナのNATO加盟を後押ししてロシアを挑発していた。ウクライナは米国から大量の武器支援を受けて軍事的緊張を高め、ロシア軍侵攻を誘発してしまった側面は否めない。米ロ対立に巻き込まれて戦場と化し、多くの命が今も失われている。ロシアが悪いにせよ、開戦を未然に防げなかったのは外交の失敗というほかない。
ゼレンスキー大統領は国民総動員令を出して成年男子の出国を禁じ、軍隊に招集した。米国からさらに大量の武器を仕入れ、民間人にも武器を手に徹底抗戦するよう求めた。野党の政治活動を禁じて大政翼賛体制をつくった。その結果、戦争は泥沼化して国土は荒れ果て、終戦の見通しはまったく立っていない。その光景は「1億総玉砕」を掲げて本土決戦に備えた戦前日本と重なり合う。
日本がウクライナ戦争から学ぶべき教訓は①米国から武器を大量購入して軍備を増強しても、かえって戦争のリスクを高める②米中の覇権争いに巻き込まれ日本周辺の軍事的緊張を高めれば、国土が戦場と化すリスクが高まる――ことだったはずだ。しかし日本国内でこのような視点はほとんど報道されず、現実は真逆の方向へ進んだ。
日本世論はロシア非難一色に包まれ、ウクライナの戦争遂行を全面支持した。国会は「ウクライナとともにある」としてロシアを非難する決議をれいわ新選組を除くすべての与野党の賛成で採決した。岸田政権は対ロ経済制裁に踏み切り、ウクライナには自衛隊が保有するドローンや防護マスクの支援を次々に表明した。日本は戦争当事国の一方に全面的に加担し、一方を完全に敵国扱いしたのである。日本はロシアから「宣戦布告したとみなす」と警告された。
さらに驚いたのは、ゼレンスキー大統領の国会演説をれいわを除く与野党がスタンディングオベーションで称賛したことだ。立憲民主党ばかりか、米国との軍事同盟によって米国の戦争に巻き込まれる恐れを指摘してきた共産党までゼレンスキー演説に拍手喝采を送る光景を目の当たりにして、私は戦前の大政翼賛体制が復活する恐怖をひしひしと感じた。「両国を仲裁して停戦合意を呼びかけるべきだ」と主張しようものなら世論から「ロシアに加担するのか」と罵詈雑言を浴びる言論抑圧の不穏な空気が日本社会を覆ったのである。
事態は国防強化論に飛び火した。自民党は北朝鮮のミサイル脅威に加え、米中対立による台湾危機を煽り、米国の核兵器を国内配備する「核共有」や防衛費倍増を主張する声が噴出した。岸田政権は背中を押されるように憲法の専守防衛を逸脱する敵基地攻撃能力の保有を決定。米国から巡航ミサイル・トマホークを購入するなど防衛力強化のために「1兆円の防衛増税」を表明するに至った。平和の党を掲げてきた公明党は敵基地攻撃能力の保有を容認し、野党第二党の維新も早々に賛成。野党第一党の立憲民主党でも容認の動きが強まっている。国会の9割を超える勢力によって憲法の専守防衛を逸脱する一線が破られようとしているのだ。
立憲まで自民に接近し始めたのは、22年のもう1つの重大ニュースである安倍氏急逝が大きく影響している。安倍氏が参院選演説中に銃撃された「政治テロ」の真相は今なお未解明な部分が多いが、10年にわたって日本政界に君臨した安倍氏という存在が突如消え失せた衝撃は大きかった。自民党最大派・清和会(安倍派)の後継争いが激化したことを皮切りに、自民党は派閥抗争に突入。岸田内閣の支持率は続落し、3閣僚が立て続けに辞任に追い込まれ、「防衛増税」にも異論が噴出して24年に最終決定を持ち越し、岸田政権は大揺れである。
安倍氏急逝の影響は自民党だけにとどまらない。立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の野党共闘はもともと、集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲を強行し、森友学園事件をはじめ権力私物化疑惑が相次いだ安倍政権に対抗することを旗印として始まった。安倍氏という「共通の敵」を失い、野党共闘は音を立てて崩れ始めたのである。
立憲は参院選後、野党第一党の座を競い合ってきた維新と和解して国会共闘に踏み切った。「アンチ安倍」で連携してきた共産やれいわを切り捨て、「自公の補完勢力」と批判してきた維新と組む国会対策の大転換である。維新が旧統一教会の被害者救済法案に賛成を決めると、立憲も後を追うように賛成に転じた。維新と賛否が割れて国会共闘が崩れるのを避けるためだ。維新が賛成を決めた敵基地攻撃能力の保有について立憲執行部が賛成に傾いているのも同じ理由である。
立憲は衆参選挙で相次いで惨敗して支持率は低迷し、政権交代のリアリズムを欠いている。このまま自民との対決構図を続けても展望は開けず、維新のように与党との連携で存在感を増したいというムードが党内を覆っていた。そこへ安倍氏が急逝し、「アンチ安倍」のくびきから解放された。維新の後を追うように与党との連携を探り始め、「自公の補完勢力」に向かい始めた。立憲は23年の通常国会でも維新と共闘することで合意している。
ウクライナ戦争と安倍氏急逝。22年の重大ニュースはいずれも立憲民主党が自民党へ急接近することを後押しした。国会が与党一色に染まる体制翼賛体制のもとで専守防衛を逸脱する敵基地攻撃能力の保有や増税が国民不在のまま進められようにしている。23年の日本の政治は大きな正念場を迎えている。
【ジャーナリスト/鮫島 浩】
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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