2024年11月22日( 金 )

ツイッター買収を終えたマスク氏 その世界戦略は機能するのか?(前)

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国際未来科学研究所
代表 浜田 和幸

 つい昨年まで「向かうところに敵なし」といった風情を醸し出していた大富豪、イーロン・マスク氏。ブルームバーグの計算によれば、昨年時点での資産は2,400億ドルで世界一。1日平均で約4億ドル稼いでいたという。ツイッターの買収金額といわれる440億ドルなど、痛くも痒くもなかったのかもしれない。しかし、同社の唯一の取締役となった後は、旧経営陣全員の首を切り、従業員の半分に当たる3,700人にも解雇を言い渡すなど、大ナタを振るっているものの、いまだに課題山積だ。

常識に囚われない展開

SNS イメージ    マスク氏はツイッター買収交渉の最中には、「ツイッターはフェイクアカウントだらけだ。広告主を騙している。その実態を明らかにするように経営陣に迫ったが、ウソの情報しか提供されなかった。そんなプラットフォームとは付き合っていられない」と、交渉打ち切りを匂わせたものです。

 物議を醸すことにかけては天才的といえるでしょう。このニュースでツイッターの株価は急落しましたが、その分、安く買収できたわけですから。そうした騒動の渦中にありながら、新たな爆弾発言を繰り出すのがマスク流です。

 彼によれば、ツイッターの旧経営陣は政府の介入を受け入れ、「バイデン大統領の息子ハンターが関与していたウクライナでの非合法ビジネスが明るみに出ないように隠ぺい工作に関わった」とのこと。もし、このことが明るみになっていれば、「バイデンは先の大統領選挙ではトランプに敗れていたはずだ」と、踏み込んだ発言も行っています。

 「天才起業家」と目されるマスク氏。彼の真骨頂は常識に囚われない「アスペルガー的ビジネス展開」といえるものです。電気自動車「テスラ」や宇宙ロケット「スペースX」はすでに有名ブランド化しています。中国において世界最大の電気自動車生産工場を稼働させたかと思えば、ロシアに軍事侵攻されたウクライナを支援するため通信衛星による情報提供を実施し、ウクライナ軍がロシア軍を追い返す手段を提供しているわけです。

新たな仕掛けの種を蒔く

 昨年まで世界一の大富豪の座にあったのですが、今では資産の半分を失ってしまいました。とはいえ、起死回生の仕掛けの種をあちこちに蒔いています。

 たとえば、「ニューラリンク」は人の脳にコンピューターと連動するチップを埋め込み、人間の情報処理や判断能力を飛躍的に伸ばそうとするもので、IOBともBCIとも呼ばれる技術。これまではブタやサルで実験を繰り返していましたが、2023年にはいよいよ人への導入試験を始めるといいます。しかも、マスク本人が「自分が最初の実験台になる」と宣言。

 彼に言わせれば「BCIによって言葉を発しなくとも会話が可能になる」とのこと。はたして、人間とコンピューターの合体はどのような未来をもたらすことになるのでしょうか。これまでのサルを使った実験では23匹のうち、なんと15匹が死んでいます。そのため、アメリカ食品医薬品局(FDA)では、この新たな装置の販売許可を出していません。

 しかし、そんなことでひるむようなマスク氏ではありません。「役所の許認可を待っていたのでは何も進まない。俺が最初の実験台になって安全性と有効性を世界に示して見せる」と息巻いています。自分が実験台を買って出ることで、開発スタッフにも「失敗は絶対に許されない」と無言の圧力をかけているわけです。意識しただけで、相手にそれが伝わるというのは、確かに人間の次のステージへの幕開けになるかもしれません。言語障害や知覚障害を持つ人には朗報になると思われます。

 「50年までに地球を捨てて、火星に移住する」と豪語しているマスク氏です。地球上の規則やしきたりは無縁というわけで、「そんなことに囚われていては、人類は生き残れない」というが彼の口癖。確かに、BCIが広まれば、すべての人類が「マスク氏のいいなり」という可能性もあります。

中国には好都合か

 マスク氏は22年10月27日、総額440億ドルでツイッターの買収を完了させました。この金額はゼルビアやリトアニアといったヨーロッパの小国のGDPをはるかに上回り、世界の最貧国31カ国の合計GDPを凌駕します。

 今やマスク氏は「ツイッター」の唯一の取締役兼CEOです。以前の取締役全員を解任し、社員の解雇でも大ナタを振るっています。しかも、これまで無料だった認証アカウントも有料化(月額8ドル)するなど、経営基盤を立て直す新機軸を打ち出しました。場合によっては月額20ドルの可能性も示唆されています。利用者離れが起きるかもしれません。

 一方で、今回のツイッター買収劇に熱い視線を注いでいたのが中国政府です。これまでツイッターはウイグル人などに対する人権侵害を打ち消そうとする中国政府による投稿を2,000件以上削除してきたからです。今回、マスク氏がツイッターを買収したことで、中国政府は自由に投稿ができるようになると歓迎しているに違いありません。

 なぜなら、マスク氏の中国寄りの姿勢は明白だからです。昨年末にも同氏は台湾海峡の緊張を解消するためには「台湾が中国による統治を部分的に同意するのが賢明だ」と投稿。台湾は猛反発しましたが、中国政府は歓迎の意向を表明しました。

 テスラにとって中国は最大のお得意さまであり、上海にあるテスラの工場は世界最大で、中国国内のみならず対外輸出の拠点にもなっています。そのため、マスク氏は自分たちの手のなかにあるはずだと中国は受け止めています。マスク氏のツイッター買収に際しサウジアラビアの国際投資会社も資金を提供しています。中国もサウジもツイッターの利用価値を十二分に把握しているのでしょう。

(つづく)

浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

(後)

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